Short&Middle

□Tram Action(トラム・アクション)
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 何故なら、彼らは『標的』がここにいないと言ったのだ。自分を目の前にしながら探す人物がいないということは、標的は自分ではない。
「乗客を全部最後尾に集めろ。この電車は何両編成だった?」
「八両だ」
 この路線は、各駅停車のくせに一つの駅から次の駅までが最低でも三十分は掛かることで有名だ。おまけに、無人運転。
(……で、駅を出たのがさっきで、次の駅までは四十五分くらいだったよな、確か)
 因みにここまでで約十五分は経過している。実際にはもっと短いかも知れないが、非常事態だと大抵時間は長く感じるものだ。尤も、エマヌエルの十歳以降の人生の中では、所謂『非常事態』でなかった時間の方が少ないが。
 どの道、最低でも後三十分、外部からの助けは期待できない。万に一つ、先頭車両に乗っている乗客が、そこにしか備え付けられていない非常ボタンを押していれば話は別だ。しかし、エマヌエルでも三両も離れた車両の異変を感知することは難しいだろう。
 乗客は皆、チンピラ達が持っているサブ・マシンガンからいつ弾丸が発射されるかと怯えているのか、顔色を失って声も出ないようだ。エマヌエルも沈黙していたが、それは怯えからでは決してない。
 彼らの目的が判然としない以上、強硬手段に出るのは返って危険だ。周囲は皆一般人である。今の世の中、銃を持つのは一般人でも常識となっているが、あくまで護身用だ。特に、この東の大陸〈ヴァルッテリ〉では使用する機会の方が少なく、実践経験は皆無の者が殆どと言っていい。下手に自分が暴れれば犠牲者が出るかも知れない。
 エマヌエルは内心で舌打ちした。
 自分一人なら、とっとと全員伸して縛り上げているのに。
 思索に耽るエマヌエルを余所に、チンピラのリーダーは、スキンヘッドに言ったことを他の仲間にも携帯で伝えている。通話を切ると、乗客達を銃口で小突きながら、最後尾車両へ移動を始めた。





 リューシャは、たまたま逃げ込んだ電車の、網棚の上でじっとしていた。
 返す返すもうっかり声を出して、おまけに文句をぶち撒けたのがまずかったのだ。

 ことの始まりは、ほんの二十分ほど前。

 今日は、とある街中のオープン喫茶のテーブル下で寝そべっていた。殆どの人間は、ちらりと自分を見はしても、特に文句を言ったりはしない。大抵はそのままにしておいてくれる。
 けれど、今日は違った。というより、運が悪かったとしか言いようがない。
 寝そべっていた自分の身体の一部を、たまたま柄の悪い六人組の一人が踏み付けたのだ。
 相手も、その時は自分を狙った訳ではなかろうし、殺気がなかったので予測出来なかったのは仕様がない。
 不意打ちに悲鳴を上げたところまでも仕方がない。他の人間達も不審には思わなかっただろう。だが、しくじったのはその後だった。

『どこ見て歩いてるのよ、このウスラトンカチ!』

 ハッと我に返ったが、時既に遅し。
 六人のチンピラのみならず、その場にいた全員が自分を注目して唖然としていた。

『おい、こいつ、喋ったぞ』
『フィアスティックか!?』

 答える代わりにスタコラと逃げ出した。
 振り切って捲く自信はあったのに、チンピラ六人組は異様にしつこかった。まさか、この街中で飛び道具をぶっ放す訳にもいかない。
 必死に逃げて、ふと目に付いた駅へ入り込んだ。
 自動改札に備え付けのフラップ・ドアの下を見咎められることなくスルリと抜ける。しかし、チンピラが切符を買う、などという律儀な真似をする筈もない。いつの間にか手にしていたサブ・マシンガンで駅員を脅しながら、平気でフラップ・ドアを踏み越えて来る。咄嗟に、出発寸前の列車へ飛び乗り、夢中で車両の中を駆け抜けた。

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