Short&Middle
□An intense wish
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「願い事だ?」
「そ。何かない?」
唐突に訪ねて来たヴァルカが手にしているのは、何故か笹の枝と、紙を細長く切り分けた束だ。
「何なんだよ、藪から棒に」
「昨日たまたま読んだ文献に載ってたのよ。旧暦時代に今の東島国であった風習なんだって。この短冊に願い事を書いて笹の葉に結んでおくと願いが叶うって」
「アホくさ」
秒速の素早さで、エマヌエルお得意の毒舌が飛ぶ。
「何よ。ロマンがないわね」
「あって堪るかっつの」
吐き捨てるように言って、エマヌエルは窓の外へ視線を向けた。
夏もいよいよ本番に向けて、温度計が毎日勢いよく背を伸ばしている。
生まれは西の大陸<ギゼレ・エレ・マグリブ>だが、十代前半からの生活基盤が北の大陸<ユスティディア>の更に北部だった所為か、エマヌエルは夏の暑さがどうも苦手だった。出来る事なら、夏場は南半球に逃げたいところだ。
「書くだけ書いたら? 減るもんじゃなし」
そっぽを向いたエマヌエルの背後から、まだ諦めていないらしいヴァルカの声が思考を遮る。
今やエマヌエルの毒舌をスルー出来る唯一の人物とまで言われているヴァルカは、やはりめげる事なく当初の目的を遂行する気満々のようだ。
「うーるーせーえ」
エマヌエルは彼女の声から逃れるように、わざと大きな音を立てて立ち上がった。
確かに書いても減るものではない。ただ、虚しさは増すことも判り切っている。
(願ったって叶わない)
もしも今、神様とやらが現れて何でも叶えてくれると言ってくれたなら。それが、時間を遡る行為でも可能なものなら、願わないでもないけれど。
不覚にもその願いをはっきりとした言葉で思い浮かべそうになって、エマヌエルは目を伏せる。
願っても、身が捩れそうになるだけ。
叶わない思いに焦げそうになるだけ。ならば、自分の力で届きそうなものに向かって進んだ方がいい。
その方が紙切れに虚しく祈るよりも建設的だと、今の自分は厭というほど知っている。
「エマ」
不意に視界に現れたヴァルカに、思わずギョッとして後退さりしそうになる。いい加減しつこい、と言おうとして開きかけた唇は、微かに空気を呑んだだけだった。
彼女の表情が、痛いほどの自嘲に満ちていたからだ。
(……ああ……)
彼女も、本当は解っているのだ。
願っても現実は変わらないと。祈りは、虚しいだけだと。
その上で尚、こんな子供じみたことをしようと言い出したのは、多分きっと。
「たまにはいいでしょう? 『普通の人間』の真似事も」
エマヌエルもまた自嘲の笑みを浮かべて、黙ったまま彼女の差し出した紙の束を受け取る。
「……ま、悪かねぇかもな」
『人間』に戻れる日など来ない。だから、夢を見ても虚しいだけだ。
けれど、機械だって、休みなく動き続ければ壊れるのも早い。だから、ちょっと休憩するくらいは赦されるだろう。――例え、常識を外れた殺戮兵器にであっても。
もしも、願いが叶うなら。
エマヌエルは、それをやはり明確に形にすることなく、再び目を伏せた。
(fin) 脱稿;2012.07.05.
書き始めたのは去年の今頃だったかと。
最近更新が全然出来ていないので、短編でも上げたい→もうすぐ七夕→と来たら七夕題材で何かという安易な三段論法で。
あ、そう言えば今思い出しましたが、これって去年何処かのサイトさんで七夕をテーマに何か書きませんか企画に応募しようとして書き始めたんだった気が。間に合わずに放置する内に多分一年経っちゃったんだと。
設定的に一応現実世界の延長上の遠い未来の話という事で。
本編はどっちでもあんまり関係ないっぽいですけど。
ともあれ、読了ありがとうございました。