Short&Middle

□その髪の理由
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「それが、何?」
「ああ、うん。髪の毛、洗ってあげよっかなって思って」
「……は?」
 エマヌエルは盛大に眉を顰めた。
 ギプスが取れたら髪の毛を洗う、という図式が彼女の中で何故成り立つのかが解らない。普通、他人に頭を洗って貰うとしたら、ギプスが取れる前というのが常識ではないのか。
 それを口に乗せると、
「だって、脇腹の傷はまだ治ってないんでしょ」
 と返って来た。
 先の戦闘で、エマヌエルの右脇腹には風穴があいていた。誇張でも比喩でも何でもなく、文字通りだ。
 いけ好かない(自称)天才医師・ウォークハーマーが、研究所のデータをハッキングして見つけたとかいう治療法を試みてくれなかったら、助かったかどうかは怪しい。おかげで、今は見た目には傷は塞がっている。ただ、内部は回復し切っていないのか、まだ時折引きつるような痛みを訴えるのだ。
 まあな、と渋い顔で答えれば、ヴァルカが畳み掛けるように口を開く。
「今までだって、ギプスが取れないわ風穴は塞がらないわでシャワーもまともに浴びてないんじゃないの」
「……乞食寸前みたいに言うな。濡れタオルで拭くくらいはやってる」
「髪の毛も?」
「ああ」
「それで、普段通りに綺麗に出来ると思う?」
「じゃあ余計に近寄らない方がいいぜ。シラミがわいてるかも知れねぇからな」
 こう言えば、看護士や介護士でない限り、大抵の女性は引き下がるだろう。
「余計にほっとけないわよ。いらっしゃい」
 しかし、相手はそもそも『普通』ではなかった。
 その上、自分と互角の動きが出来るスィンセティックの一人である。滑るように肉薄した彼女は、苦もなく自分の左腕を捉えた。
 反論する隙も、腕を振り解く暇もない。
 エマヌエルはそのまま自分が使用している個室の奥へと引きずり込まれた。



 研究所付属病院の個室には、ご丁寧に浴室も完備されている。
 個室に入る患者といえば、大抵が重傷か重病、若しくは深刻な伝染病と相場が決まっている。浴室も中に付いていれば便利には違いないが、これで患者が払う経費は果たしてどのくらいの値段になるのかは謎だ。

 ともあれ、そんな個室の一つである病室を陣取っている(と言うよりはCUIOの都合で押し込まれている)エマヌエルは、殆ど強引に仰向けに寝かされて頭を洗面台に突っ込まれた。
 散髪屋や美容院でよく見かける光景だが、その為の寝椅子と、やや広めの洗面台が完備されているのは驚きだった。洗面台が少々広すぎるとは前から思っていたが、ようやく謎が解けた気分だ。
 ヴァルカは、携えて来た茶色の紙袋から、どこから失敬して来たのか、薄い手術用の手袋と、シャンプー一式を取り出して、エマヌエルを寝かせるのに有無を言わさなかった。何故か一緒に愛銃も取り出しつつ、ニッコリ笑って横になるように強要したのである。今のコンディションで彼女と下手に闘り合っても勝算はない。諦めて横になるより他に、選択肢はなかった。

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