Short&Middle

□その髪の理由
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「ねぇ、そう言えばさ。何でエマは髪の毛伸ばしてるの?」

 乾かすところまで一通り終えて、エマヌエルの髪に櫛を入れながら、ヴァルカがふと思い付いたように問うた。
「は?」
 唐突な問いに、またしてもエマヌエルは間抜けな声を出してしまう。
「いきなり何なんだよ」
「いや、だってさ。エマって女の子と間違われるの、すごく嫌がってるじゃない」
「……それが何」
「だったら、髪の毛でも切れば多少は違うのになって思って。いっそ丸坊主にしちゃえば?」
 開いた口が塞がらなかった。
 どうリアクションするべきか判らなくて、沈黙が返る。
 確かに、女性と間違われるのは、この髪の長さにも原因があるのだろう。
 しかし、それだけではないらしいことも、薄々自覚はしている。何故なら、孤児院にいた頃、彼の髪の毛は短かった。襟足に掛かるか掛からないか、という程度の長さであったにも関わらず、大抵初対面の人間は、エマヌエルの性別を『女』と判定した。
 更に、二卵性双生児の姉・エレミヤと並んでいようものなら、一卵性の『姉妹』と間違われる始末だった。
 だが、十代も半ばを迎えようという今、顔だけを見てエマヌエルの性別を判定する者は少なくなったようで、女性と間違われる機会も減っている。
 確かに、ヴァルカの言うように丸坊主にでもしてしまえば、嫌でも咄嗟に『女性』と判断する人間は更に減るだろう。だが、エマヌエルも男とは言っても、余程の理由でもない限り、丸坊主は御免蒙りたい。
 それに、今はこの髪を切り落としてしまうのも躊躇われた。

(……だって、まだ何も終わってない)

 切るのが面倒くさい、というだけではない。
 伸ばしっ放しにしてあるのには、エマヌエルなりの理由があった。

「……エマ?」

 あまりにも沈黙が長かった所為か、ヴァルカが訝しげに呼び掛ける。けれど、エマヌエルは聞こえない振りをした。

(……言えるかよ)

 裏社会の辛酸を、ある意味で舐め尽くしたと思える自分が、選りによって、たかが『髪を伸ばす』という行為に願を掛けている、などと。

 ――口が裂けても言えねぇ。

 答えを促すように向けられる視線から、逃れるようにエマヌエルは目を伏せた。

(fin) 初稿:2012.04.26. 改稿:2012.10.22.


拍手を外すまでの拍手お礼文logです。
Episode.1と2の間の小話。

女と間違われるのがかなりのコンプレックスの筈のエマが、髪を伸ばしている理由を考えてみました。

単純に面倒くさい、だけだと説得力がないかなー、と。
本当は真っ赤になって白状した挙げ句にそれを陰でウィルに盗み聞かれちゃうというところまで行く筈だったんですが、それは無理っぽい(エマとヴァルカに気付かれずに盗み聞きするのはウィルにはまず無理です)のでここまでになりました。

誰得だよ、みたいな短編ですが、楽しんで頂けてれば幸いです。

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