Short&Middle

□所詮、傷の舐め合い
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「確かに一年は三百六十五日って決まってる。一月が一年の始めで、十二月が一年の終わり。でも、終わりだから、始まりだから何だって言うのかしら。年の瀬は忙しい、年の始まりはめでたいって、いちいち騒ぐ必要なんてないと思わない?」
「……――」
 咄嗟に反論できなかった。
 彼女の言いたいことが、何となく理解できたからだ。
 これが、他の人間だったら難しいだろう。
 けれど、エマヌエルには解る。
 一年の終わりであろうが始まりであろうが、日にちが変わるだけだ。他のことは何ら変わりない。
 その後も、陽が沈んで陽が昇る。夜が来て、朝が来る。その繰り返しだ。
「確かに……変わらないからな、何も」
 エマヌエルは、ヴァルカに対する返答とも独白とも取れる呟きを自嘲気味に漏らすと、冷えきった紅茶に口を付ける。
 夜が来て終わって、朝が来ても――一年が終わって、次の一年が始まっても、何も変わらない。変わりはしないのだ。
 自分達の人生も、身体も、平凡なものになることはない。憎しみも、恨みも、晴れはしない。
 喩え、人生を、身体を滅茶苦茶にしてくれた『奴ら』を根こそぎ薙ぎ払ったとしても、この身体が元に戻ることはないのだ。絶対に。
「……僻(ひが)みね、まるで」
「だな」
 自嘲に満ちた笑みを交わして、残った紅茶を呷るように飲み干す。
「そろそろ、帰るか」
「そうね」
 人間ごっこも満喫したし。
 小さく苦笑して、伝票に伸ばした手よりも先に、エマヌエルのしなやかな指がそれを奪い取る。
「俺が払う」
「でも」
「折角出て来たんだから、もう少しデートごっこしてもいいだろ?」
 普通なら、男が払うんだろ。
 その整った容貌に、珍しく浮かんだいたずらめいた笑みに、一瞬キョトンと目を瞠ったヴァルカは、再度苦笑した。
「見返りが要るかしら?」
「そうだな……」
 エマヌエルは何を思ったか、さっと周囲に視線を走らせると、その唇を軽く、ヴァルカのそれに掠めるようにして押し当てた。
「あんたが欲しい」
 あんたがイヤじゃなければ。
 周囲に聞こえないよう、ごくごく小さな声で言ったが、ヒューマノティックの超聴覚なら拾える音量だ。
 ヴァルカが再び目を瞠った後、小さく笑う。
「そうね」
 また、久し振りに甘えさせて?
 返答の代わりに、唇の端を軽く持ち上げると、エマヌエルはレジへ向かって踵を返した。
 彼女が後から従いて来るのを背中で感じながら、自嘲の笑みを浮かべる。

 この関係に名前なんて要らない、と思う。
 少なくとも、今は。
 敢えて名付けるなら、それはきっと――

(やっぱり、傷の舐め合い……てとこかな)

 舐め合いでもいい。
 それで互いが納得するのなら。

 年の瀬に、年の始まり。
 普通の人間がそうするように、束の間の休息を得る為、二人は家路を急いだ。


(fin) 2012.12.31.脱稿

年末年始フリーのつもりで書き始めたら、思わぬところでお題と被ったので、お題小説にさせて頂きました。
フリーと言っても、真っ正面全年齢向けでもなくなったので、その時点でフリーは止めて、普通にエマとヴァルカの年末の話……と思ってたら、最後にお題と被ったので、じゃあお題消化で、みたいな。

やっぱり、フリーとなると、『少なくとも文中に裏を想起させる文章が入らない』『明るい』方がいいかなーという考えがあります。
あくまで、個人的にはですが。

まあ、この二人でイベントもの書こうとすると、こうなる(彼らの人生背景と相俟ってどシリアスになる)っていい加減学習するべきなんですけどね。orz
えーと、この続きは……裏なので、投稿用が終わって気が向いたら、になりますか。
リクエストあったら喜んで書いちゃいますけど(何という他力本願)。

それでは、これが今年正真正銘の更新納めですね。
皆様、良いお年を!

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