箱庭恋歌

□第四章; 通じ合った心
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 翌日の体調はまた最悪だった。

 夕餉も食べずに早々に布団へもぐり込んだあたしは、結局一晩泣いて過ごした。
 おかげで翌日はひどい頭痛に見舞われ、あたしは再び朝の総触れを堂々とすっぽかした。



「……ま。宮様」

 ポスポス、と襖を叩く音がして、藤が控えめに顔を見せた。
「うん、何?」
「上様がおいでどすけど、どないしはります?」
「――――っ、」
 あたしは一瞬怯むように言葉を詰まらせた。
 きっとあたしが朝の総触れに顔を出さなかったんで、心配して来てくれたんだろう。――と、疑いもせず思ったところで、あたしは苦笑した。
 何を言ってるんだろう。
 上辺はそうでも、家茂があたしの心配なんか心からする筈がないと昨日悟ったところじゃないの。

 けれど、事実を確認したいような、それが怖いような。会いたいような会いたくないような、相反する気持ちが複雑に絡み合って、あたしは返事をする事が出来なかった。
 そうする内に、家茂が藤に二言三言告げて、あたし本人の返事など待たずに勝手に入って来た。
 ……まあそういう男性よ、家茂って。
 自分がこうと決めたら、他人が何て言ったって押し通すような一面を持ってるのに気付いたのはつい最近の事だ。
「また体調崩したのか。風邪か?」
「うん……まあ」
 枕元に遠慮もなく腰掛けながら話しかけてくる家茂に、あたしは曖昧に言葉を濁した。
 家茂には解らないだろうが、あたしにしてみれば昨日の今日でまともに顔を合わせる事なんて出来ない。
 先刻感じた相反する気持ちが、一気に『会いたくない』方へ傾いて、あたしはさりげない風に見える事を祈りながら家茂から視線を逸らした。
 ……問題を先延ばししたって何も解決しないのは解ってるのに。
 頭の隅でそう冷淡に断じるもう一人の自分がいるのを確かに感じながら、それでもあたしは確認を先延ばしにしたかった。
 今の心地良い関係が壊れるのが、今ほど怖いと思った事はない。
「……なぁ、お前」
 家茂の発言の一つ一つがどう展開するのか読めなくて、あたしは内心で身を縮める。
「何かあった?」
 ……鋭い。
 家茂の簡潔な一言に、あたしはそっと息を吐いた。
 若くして――というより殆ど幼くして将軍の座に就いた家茂は、普段自分の知らない決定が自分名義でされている事にうんざりしていると以前に言っていた。だから傀儡将軍よろしく頭の回転も鈍いのかと言うと、それはとんでもない勘違いだ。
 頭の回転は常人のそれより段違いだし、良い意味で他人の顔色を窺うのも巧い。もし、家茂が自分の力で政権を奪い取れれば素晴らしい為政者になれるだろう、とあたしは思っている。
 だが、今この瞬間に限っては、あたしはそんな家茂の為政者としての資質を心底呪った。
 ……どうしてフリでも良いから知らん顔しててくれないのかしら。変なところで鈍いんだからイヤになるわ。
「和宮?」
「……別に……何もないわよ」
 自分が聞いても弱々しく響いた否定の言葉に、第三者である家茂が納得する筈もない。
「別にって顔かよ、それ。話してみろよ。俺達夫婦じゃねぇの?」
 一応、と気遣うように小さく付け加えられた一言に、あたしの中の何かに亀裂が入る。
「もう……やめてよね。そうやってあたしを大切にするフリするの」
 あたしは家茂から視線を逸らすようにおもむろに寝返りを打った。
 家茂がきょとんとするのが気配で判った。
「フリ……って、どうしてそう思うんだよ」
「だって……」
 どう言おうか逡巡する。
 率直に訊くのが一番簡単と言えば簡単だけれど、もしかしたらあたし達二人の関係を修復不能にしてしまうかも知れない。

 別に良いんじゃないの? と囁く自分もいる。

 だってあたしはまだ熾仁が好きなんでしょう? 他の男との関係が拗(こじ)れたって、相手が喩え公式の夫だってそれが何だって言うの?

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