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その日、瑞季が危うく巻き込まれるところであったフェンス周りは、男子テニス部を囲うその一周を学園側の判断で近寄りを禁止された。
平時ならばぐるりと取り囲むようにいる女生徒達は殊更厳重な監視下におかれることになる。学園にとってはその大切な身を預かっている立場である。怪我を負わせたら一大事だ。

とどのつまり、奇しくもファンの目が届かぬ日に見学を行えることと相成ったわけである。
勿論彼らとて、フェンスには近付かないように練習というある程度の制限はされてしまった。そのためこの日は、跡部から各部員に留意点を通達するために部活動開始時間を十分繰り下げることになった。めぐみはその十分で何が起こったのか把握することが出来て、且つ遅れてやってきた千聖にも説明することが出来た。
話を聞いた千聖は血相を変えて瑞季に飛びついた。
「大丈夫、大丈夫」とへらり笑う彼女の顔や体をしきりに観察して、ようやくその大丈夫に納得したのか瑞季から離れた。それを見届けためぐみが「じゃあまあ折角のファンの目がない絶好の機会だし、早速見学してもらうね」と、ラケットの素振りに励む部員達の横を通ると、レギュラー達が打ち合いをしているコートまで連れて行った。

「合宿自体レギュラーしか参加しないから、彼らの練習風景と補助の様子だけ見てもらうね」

手際よい応対に見学者二人は思わず「さすが…」と感嘆する。そこに声を掛けた人物がいた。

「あれ?その二人は?」

「タッキー!お疲れー夏期合宿のお手伝いしてくれる二人だよ、今日は見学」

へえ、と艶やかな髪を流して二人を見やる。瑞季は「よっしくぅ」と極めて軽やかな声音で挨拶をし、滝もにこりと美しい笑顔でそれに応えた。そして「根元さんも?」と千聖に向き直る。

「滝くんってテニス部だったんだ…」

「あれ?ひどい、そうだよ知らなかった?」

知り合い?と尋ねるめぐみに、二年の頃茶道教室のお茶会で会ったことがあるんだと滝が説明した。千聖は、彼はてっきり茶道部や華道部に所属しているのだと、お茶会時の所作あれこれで勘違いしてしまったらしい。「滝くんも合宿参加?」と聞けば、まあ一応ねと煮え切らない返事だ。
練習頑張ってねと別れた後、千聖は先ほど引っかかった疑問をめぐみに問う。

「氷帝のテニス部は実力主義だから、いつレギュラー落ちするか分からないんだよね、負けたらそこで――」

めぐみの思わぬ言葉に「まじ!?超きびしくない?」と驚愕の声をあげた瑞季と何やら考え込んでしまった千聖。反応に表れる個性に笑いながら「まあ、よっぽどがない限りレギュラーは入れ替わらないんだけどさ」と付け足した。

「それよりほら、見て」

めぐみの視線を追うようにその先を見る。手前のコート二面では、忍足と宍戸、跡部と芥川がそれぞれラリーの応酬をしていた。そして奥のコート三面では、向日や鳳、樺地がコーンへ正確にボールを当てる練習を行っていた。
「なにあれ!すごい!めっちゃ高く跳ねてる!!」と素直に興奮する瑞季は、あれ誰あのちっちゃいの誰!としきりにめぐみの袖を引っ張った。向日岳人って子だよとめぐみの声も聞かないうちに、チョタのボール超速いありえない!!と更に気が高ぶった様子で食い入るように見つめた。
千聖はそんな瑞季へはっとしたような眼差しを送る。めぐみが、あの背が高い銀髪の男の子が瑞季を助けた鳳長太郎だと教えると、彼女は合点がいったとひとつ頷いた。

「千聖、どう?」

「え?うん、凄いね」

あまり大袈裟なリアクションをとらない彼女に、どこらへんが凄いかを聞く。「お互い、打ち返せるかぎりぎりの…でも絶対返せるところへ打ってラリーを繋げてる。とても正確で、単にがむしゃらってわけじゃないんだね」なんとも鋭い観察眼を持った千聖らしい答えだ。めぐみは少し意外に思った。否、練習風景を見てもらえば彼らの頑張りや真剣さを伝えられる自信はあったのだ。だからこそ、無理を通してここへ連れてきた。しかし元より興味の薄かろう彼女達が、ほんの僅かの時間でこうも熱心に見入ってくれたのは嬉しい誤算だった。

「あ、あのきのこ!」

「えっ」と瑞季の指差す方を見れば、千聖にとって見覚えのある男の子が映った。あの虎の瞳は忘れない。めぐみが「日吉がどうかした?」と尋ねる。
「日吉?あいつ超ムカつくの!瑞季のこと鼻で笑った!」とまるでそこに彼がいたのではないかと思うほどに強く地面を踏みつけた。

「あ〜、ごめん日吉にはそんなつもりなかったと思うんだ」

「あんな後輩よりチョタみたいな優しくてかっこよくて背が高くてうちの言うこと聞いてくれそうな子のが可愛い!!」

瑞季はほら、甘やかされて育ってきたから。千聖がこっそりめぐみに耳打ちする。これは今更のことで、本人もそう豪語していたことだった。

「日吉くんも合宿に参加する人?」

「そうそう、一応控え選手って扱いだから、何せ期待の部長候補だからね」

その言葉にあからさまに渋い顔をした瑞季を真正面から見てしまったらしい芥川が大きく笑い出した。見れば既にラリーを終え、タオルでその汗を拭っていたところだ。不本意ながら注目を浴びてしまった女子三人は跡部に呼びつけられるままにコート脇のベンチまで向かった。

「みんな練習中にごめんね!!えっと、この二人が夏期合宿で一緒にマネジ業手伝ってくれる前尾瑞季と根元千聖だよ」

めぐみに紹介された瑞季は「特技は顔芸でーす!よろしくう!」とプリクラを撮る時に使う決め顔で、愛らしい表情を作る。一方の千聖は一言「よろしくお願いします」とだけ、見つめる地面に投げつけた。それを許さなかったのは芥川だ。地面に落ちるところだったそれをすくい上げるように、彼女の顔を下から覗き込んだ。

「千聖ちゃんもやってくれるの?嬉C〜!」

「えっいや、あの」

「ちょっと!ジロー!瑞季と千聖の扱い違くない?!」

「A〜?そう?」

たく、ジローの奴は。そうこの場にいるレギュラーの気持ちを一瞬で操ってしまうのは彼の持つ雰囲気のためか。同じように千聖も瑞季が合間に入ってくれて安心したように幼馴染である二人のやり取りを微笑ましく見守った。めぐみがその様子に胸をなでおろす。胸元に下げたロケットペンダントを衣服の上からしっかり握り締めた。



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