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ぱらり、教科書を捲る音が輪唱する。それに被るように、なあなあと向日が隣に座るめぐみへノートを寄せた。なあに?と向日の手元に視線を落とした。

「ここの問題ってこの公式使うのか?合わねーんだけど」

「えっとね〜、ん?あ、確かこれの前にyの数値出すんだよ、それで…」

めぐみの説明をふむふむと熱心に聞いていた向日だが、不意に分かったと声を上げた。
「さすがめぐみ!分かりやすいぜ」と褒めそやすのをめぐみは大袈裟だと笑う。そんなことはない、向日は目線を忍足にやる。彼は瑞季に数学を教えていた。

「侑志のやつ、忙しいから後でなんて言いやがる。あ、前尾は論外な」

「論外かあ、千聖は頭良いよ、教えてもらったら?」

「あいつ、取っつきにくいんだよなあ」と零す向日の頭に、何か尖ったものが振り下ろされる。思わず大きな声で叫び、頭を庇うように両手で覆ってから振り返った。
「跡部!」と涙が浮かんだ瞳で睨めば、無駄口叩いてねえで勉強しろと無言で抑え込まれた。
「俺様は今から職員室に行くが、このまま続けろ」跡部が言い放つ。
生徒会室の扉が自分の長を見送ると、瑞季たちは待ってましたと言わんばかりに上体をそらし、背を伸ばす。

「めぐみー!ちょっと良い?」

「ん?瑞季?」

とん、めぐみが座る席の向かいに座った瑞季が、にんまりとした笑顔で少しだけ声量を落とし話しかけてきた。跡部に見られたらまた小言を言われるよ、めぐみの注意に「いいのいいの、ちょっと休憩」とその手をひらひらさせた。
更に声を小さくした瑞季は「めぐみの気になる人ってどんな感じの人?」と尋ねた。これに意表をつかれためぐみは喉の普段使わないところから声が飛び出る。尻尾を踏まれた仔犬のような声は、緩んだ空気の部屋によく響いた。なんだなんだと不思議そうな視線が集まってしまったので、彼女たちは慌てて何でもないと取り繕う。

「どんなって…どんな!?いきなり何!?」

「だってぇ、やっぱりタイプでそれなりの対応と趣向の対策は必要かと思って〜」

「なんでそういうことばっかり…!」

で、どうなの?と瑞季がめぐみに一層身を近付ける。うんうん唸るめぐみに、そんなに難しいこと聞いた?と瑞季はその美しく付けられた人工的な睫毛を上下させた。
「そうじゃなくて」めぐみ曰わく、一口にこんな人だとは言いきれない人物なのだそうだ。

「敢えて言うなら……………雰囲気は千聖みたい、かも」

「……どういうこと…?」

「も、もういいでしょ!古い記憶だから曖昧なんだよ!!」

瑞季は、納得はしていないが仕方ないと息を吐いた。そして「合宿楽しみだね」というめぐみに頷いて、鳳のもとへ行ってしまった。あんなにも、自分の気持ちに素直になれたら、臆することなく進めたら、恋も楽しいんだろうなとめぐみは微笑んだ。

忍足はそんな二人を見ていた千聖に声をかけた。拒絶されるかと思えば、彼女は静かに忍足を見据えただけ。
千聖は、忍足が気付いたことを知っている。忍足も、千聖が何を思って自分を見たのか理解している。

「しんどいで、結構」

「変わらなくてこそ、だよ」

せやな、と呟かれた声を、彼の代わりに千聖は教科書へ閉じ込めた。
忍足がそのお礼だと言うかのように、いまいち交流が出来ていない千聖を引っ張り、向日や宍戸のもとへ連れて行った。振り払われるかと予測しながら差し出した手に、彼女は大人しく従っている。眉はずっと、寄せられているが。心境の変化なのか、どうなのか。
忍足すらもあずかり知らぬところで、恋とは走り出すものなのだ。







「で、お前は俺の粋なはからいすら台無しにするんだな」

「てへっ」

後日、テストの結果を見た跡部にこってりしぼられる瑞季が目撃されたと、学園中が囁いた。



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