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□怖い怖い怖い!
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「……た。少女は怖くなって駆け出した。そのおっかない奴も追っかけてきた。しかも、少しずつ速度をあげて……。」

ほの暗い中に、皇帝の声が朗々と響く。

ここに集まる面々――クイーン、ジョーカー、ヤウズ、皇帝の顔を照らす蝋燭の炎が、風もないのにゆらりと揺れた。

「こわっ……」

「静かにしてください。大体、百物語をやるって言ったのはあなたでしょ」

「でもこわいよー……」

こそこそとささやき交わすジョーカーとクイーン。

ジョーカーのいったとおり、今トルバドゥールではクイーン主催の百物語が開催されている。

始めたころはまだ夕方で、怪談話も怖くなかった。

しかし、蝋燭が消え、夜が更けるうちになんだか本当にありそうな話に思えてきて、恐怖が倍増してきた。

ゆえに、クイーンは真っ青な顔をしてジョーカーとヤウズの間に挟まれているのだ。

目の前の小さな会話など気にも留めず、皇帝の話は佳境に入る。

「……やがて、少女はふと変だな、と思った。森の外に逃げようとするのに、森の外に出ることはできず、どんどん森の中心部、暗いほうに向かっていく。少女は、自分が森の中心部に追い込まれていることを悟った」

ゆれる炎。

「それでも少女は走りに走った。でも、こっちはもうへとへとなのに後ろの何かはどんどん速度を上げて、疲れる様子を見せない。そして、少女が森の中心に入ったとき――」

ヤウズののどがこくりと上下に動く。

クイーンとジョーカーが固唾を呑む。

「とうとう後ろの奴が追いついて、少女の肩を叩いた」

蝋燭の炎がジジッと音を立てた。

ビクッとするクイーンをジョーカーとヤウズが小声でなだめた。

「少女はあきらめて後ろを振り返った。そこにいたのは、」

いったん言葉を切る皇帝。

「少女だった。いや、少女とまったく同じ姿、同じ服、同じ声をした‘何か’だった。少女はびっくりして、『あなただれ?』って訊いた」

いよいよ、クライマックス。

「そいつは、『あなたはわたし、わたしはあなた。同じ世界に、同じ人間は二人も要らないから、どっちかが消えなきゃいけない』と言った。少女は怖くなった。と、そのとき、ナイフを持ってきたことを突然思い出した。少女はポケットに手を伸ばした。すると……」

皇帝がためを作る。

「もう一人の方も同じようにポケットに手を突っ込んだ。そして、少女が持ってるのとまったくおんなじナイフを取り出した。もう一人は、ちょっと笑って、ナイフを―――」

もうそのさきは聞かなくても、クイーンとジョーカーとヤウズには十分わかった。

それを見て取ったのか、それ以上いわず、皇帝は終わりに入る。

「次の日、森の中で少女の遺体が見つかった。でも、おかしなことがあったんだ。少女は、もう既に家に帰っていたんだ。結局、この遺体は誰か他の者だろうということで、そのままほって置かれた。もう一人は、少女として生き、そして死ぬ間際に『みんな、騙されたわね』って言って高笑いして死んだそうだ。おしまい」

ふっと蝋燭に息を吹きかける皇帝。

蝋燭はつかの間揺れて、消えた。

光の灯っている蝋燭は、残り一本。

「この火が消えたら、怪異が起こる……っていう話だよな?」

ヤウズが小声で確認する。

黙ってうなずく他の三人。
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