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□それは恋ですよ
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暖かい太陽の光を浴びながら、いつものように無表情で校門をくぐるのは栗色の髪の毛を靡かせる沖田総悟だ。彼の隣には鋭い眼つきをした土方十四郎。
いつもならもう一人、彼らを纏めるゴリラがいるのだが彼は現在風邪を拗らせており、自宅で絶賛療養中だ。

「だりーな」

「そうですねィ。…そうだ、今日近藤さんち寄って帰りやせんか?」

「だな。部活終わった後行くか」

2人は靴箱から上靴を取り出してスニーカーを靴箱に入れながら乱暴に上靴を履く。

のそのそと廊下を歩きながら土方と他愛のない会話をしているとすぐに教室に辿り着いた。
土方は席が後ろのほうなので教室の後ろの扉から入り、沖田は前の扉から教室に足を踏み入れる。

「・・・」

自分の席のほうに目を向けると、見たくなくてもその周りの奴らも目に入る。

沖田の前の席である桂はノートにペンギンの化け物(エリザベス)をリアルに書いている。地味に上手いのが腹立つが、まぁそれはいいとしよう。
問題は隣の席の神楽と彼女の前に座る高杉。
高杉が後ろを向いており、2人は顔を近付け合ってこそこそと何かを話していた。

なんかムカつくからわざと足音を大きく立てて、荒々しく椅子を引く。

すると神楽がチラリと此方を見て、左手で高杉の顔を押しやった。

「ぐっ、てめェ何しやがる」

首を捻りながら高杉が神楽の左手首を掴む。

「あ、ごめんヨ」

「首いてェ」

「え?私そんなに力入れちゃったアルか?」

すまんすまんと適当に謝りながら神楽が高杉の首を撫でようと右手を伸ばす。

「チャイナ!!」

神楽の手が高杉に届く前に突然沖田が声を張り上げた。思ったより大きな声が出て教室が一瞬シーンと静まり返る。神楽も目をパチパチと瞬かせて高杉に伸ばしていた右手を下ろす。

「何アルか?」

「え、あ、いや」

一瞬止まった空気が再びザワザワともとの騒がしさを取り戻す。
高杉がチラリと沖田を一瞥して神楽の左手首から手を離す。

「お、お前今日学校来るの早いですねィ。何かあったんですかィ」

「は?何でそんなこと訊くネ。てかこの前も早く学校来たアル。お前頭大丈夫デスカ?」

神楽の馬鹿にしたような物言いにピキッと沖田の額に青筋が浮かんだ。

「この前はここまで早くなかっただろ。お前の頭が大丈夫ですかィ」

「はぁぁぁ!?つーか別に私が何時に学校来ようがお前には関係ないダロ!!寧ろ早起きしてギリギリに来なかった偉い偉い神楽様を褒め称えるヨロシ!!」

「あーはいはい。エロいエロい」

「エロいじゃなくて、偉いアルゥゥゥ!!!」

神楽が立ち上がり拳を振りかぶったところで戦いのゴングが鳴る。ニヤリと薄く笑みを浮かべた沖田が神楽から放たれた拳をさらりと避けた。

また始まったぞ、とクラスメートが廊下に避難したり机の下に隠れだす。土方は呆れたように溜め息を吐いて喧嘩を始める2人を眺めていた。

「死ねェェクソチャイナァァァ!!」

沖田の蹴りが神楽に繰り出される。それを神楽が右腕で庇い、左手にグッと力を入れた。

「お前が死ねぇクソサ「おい、神楽」…今話し掛けんじゃねぇヨ!チビ助ぇぇぇ!!あとせめて教室では神楽って呼ぶナ!!」

沖田に向かっていた神楽の左手の拳は方向転換して高杉に向かって行った。

その瞬間沖田の眉間にグッと皺が寄った。

ここ2、3日ずっとこんな感じだ。高杉が授業に、教室に来るようになってからずっと。神楽と喧嘩していると必ずと言っていいほど今回のように邪魔が入る。正直わざとなのでは、と疑ってしまうほど多かった。

中々以前のように思いっ切り喧嘩ができないことにイライラが溜まりに溜まっておかしくなりそうだ。

「お前もチビ助って呼ぶな」

神楽のパンチをパシッと小気味好い音を立てて受け止めた高杉。ふわっと高杉の前髪が揺れて眼帯を隠す。

「喧嘩止めるからヨ。あとなんか眼帯ムカつくアル。外せ。どうせものもらいダロそれ。それか眼帯着けてる俺カッケーとか思ってるアルか!」

ムキィィ!!と奇声を上げながら神楽が高杉の眼帯を引っ張る。

「おい離せじゃじゃ馬。眼帯の下見たことある癖に馬鹿なこと抜かしてんじゃねェ」

その高杉の言葉に神楽がピタッと止まる。そしてみるみるうちに顔を紅潮させる。耳まで真っ赤だ。
その神楽の真っ赤になった顔は近くに居た沖田にもはっきりと見えた。
何故だか胸の辺りをギュウッと握りつぶされるような感覚がした。それと同時に体温がサーッと引いてタラリと嫌な汗が沖田の背を伝う。


「あァ?何思い出してんだァ?じゃじゃ馬姫さんよォ」

ニヤリと高杉が意地悪げに笑う。その憎たらしい顔に神楽は青筋を浮かべて右手を振りかぶった。

ガンッッ

「ぐわぁああああ!!」

桂が雄叫びを上げて吹っ飛ぶ。
高杉を殴ろうと振りかぶった神楽の肘がちょうど後ろにいた桂の頭に衝突してしまったのだ。

「ハッ!!ヅラぁぁぁ!!お前、どうしたアルか!?誰にやられたネ!!」

お前だよ、という突っ込みを皆が心の中でする。

「おーい、うるせーぞてめぇら」

「あ、銀ちゃんおはよう」

「おう。そこに転がってるヅラみたいな物体、遅刻にすんぞ」

「ヅラみたいじゃないヅラだ!!あ、違った桂だ!!」

騒がしかった教室が銀八の登場により静まり返った。皆がゾロゾロと着席するなか、沖田だけが自分の席のところでボーっと突っ立ていた。


―――なにやってんだ、総悟のやつ


後ろから突っ立ている沖田を不思議そうな顔で見つめる土方。
神楽も高杉の頭を一発殴ったあと、自分の席に着き、なかなか座ろうとしない隣の奴のことを不思議そうに眺める。

「あれ?どうしたの沖田くん?」

「・・・気分が悪いんで保健室行ってきまさァ」

「あ、そう。お大事に。最近風邪流行ってるみたいだからお前らも気をつけろよ〜」

いつも以上に覇気のない声と、とぼとぼ教室を出て行く後ろ姿に神楽は首を傾げる。

「いじめ過ぎだぞ、高杉」

「なんのことだァ?」

桂と高杉が沖田の後ろ姿を眺めながらした会話を聞いて、そういうことかと呟く銀八。

「お前もタチ悪ぃな高杉」

「・・・」

周りに聞こえないように言った銀八の言葉に高杉は目を細めたあと、そっと目を閉じた。







「はぁ・・・どうしちまったんでィ俺ァ」

屋上の日陰に寝っ転がって前髪をくしゃりと握る。薄く開いた目から青々とした空がみえる。


―――チャイナの、目の色と同じだ・・・


そんなことを考えていると先程の顔を真っ赤にした神楽が頭に浮かんできやがった。高杉の顔を見て頬を染めるそれは、まさしく女の顔だった。


―――あんな顔、見たことねェ
―――あのガサツで下品な女が、あんな顔するのか?


沖田はギュッと目を瞑って彼女の瞳と似た色の空から逃げ出した。

逃げ出した、筈なのに、目を瞑ったら今度は瞼の裏に彼女の顔が浮かび上がる。
それはまるで逃げるなといわんばかりに。

「くそっ」

スラックスのポケットからアイマスクを取り出して着ける。必死に神楽を追い出すように違うことを考える。

例えばまだ神楽と出会う前の高校2年の修学旅行とか。神楽と出会う前の味気ない体育祭。神楽と出会う前の・・・

「駄目でさァ。全然寝れねー」

アイマスクを取って眉間を親指と人差し指で揉む。



そこから何時間経っただろうか、何度目かのチャイムの音が耳に入ってきた。
暫くするとガチャリと音がして屋上の扉が開かれた。

「あ?なんでてめェがここに居やがる」

「それはこっちの台詞でィ。単位は大丈夫なんですかィ?」

「次の授業はな」

入ってきたのは今会いたくない奴TOP3に入るであろう男、高杉晋助。

お互いに軽く舌打ちをして離れたところに腰掛ける高杉。そして煙草を取り出してそれに火をつける。彼が吐き出した煙があの色の空に昇って行くのをみて顔を顰める。

もう一度舌打ちを打ったあと、屋上から出ようと重い腰を上げて扉に手を掛ける。

「沖田」

しかしそれは高杉が声を掛けたことで静止する。

沖田は振り返らず「なんですかィ」とぶっきらぼうに言い放った。

「お前、じゃじゃ馬姫のことどう思ってる?」

扉に掛けていた手を下ろしてその手をギュッと握り締めた。

「質問の意図が見えやせん」

「どう思ってるか訊いてるだけだ。難しく考える必要はねェ」

「・・・どうも思ってやせんよ。ただの喧嘩相「そりゃ本心じゃねェな」…」

沖田は振り返って高杉を見据える。彼の鋭い隻眼が沖田を射抜いた。

「本当にただの喧嘩相手だってんなら、俺があいつのこと貰っても構わねェよな」

無意識に爪が掌に食い込むほど力強く拳を握っていた。

「・・・いいんじゃねーですかィ。そんなこと俺に「お前、自分の今の顔鏡で見て来いよ」…」

すげェ顔してるぞ、と言って高杉が煙草を地面に落として上靴の裏で揉み消した。

そして沖田の方に向かって来る。

「恋愛経験豊富そうなことしてるが、その様子じゃ初恋はまだってか」

いや、絶賛初恋中かと呟いて高杉は扉の前に突っ立っている沖田にどけ、と手を払った。

「あんたに言われたくねーよ。あんたはアッチの経験は豊富だろうけど、恋なんてしたことないだろ」

素直にどいた沖田は皮肉を込めてそう言った。
高杉は扉に手を掛けて薄く笑みを浮かべた。

「アッチの経験は確かに豊富だ。否定はしねェ。・・・だが、もう一つは否定する」

「!!!」

「この俺が本気で好きになった女がいるんだぜ」

沖田は目を見開いた。
何故ならあの高杉の横顔が一瞬、とても、とても悲しそうに見えたから。
でもそれは一瞬で、すぐに元の怖い顔に戻った。

「今までの固定観念は捨てちまえ。いい加減認めろ、お前は・・・・いや、お前にこんなこと言う必要ねェか」

「何なんでィ」

「早く自覚したほうがいいぜ」

そう言い残して高杉は屋上を後にした。


「自覚…か・・・」
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