クロスワールド

□第一章
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2:小さなスナイパー
その夜、俺は妙な寒気を感じ目が覚めた。

冷風を浴びたときなどの寒気とは違う。

背筋が凍るような違和感。

ふと、辺りを見渡す。

月明かりに照らされたテントの中はどことなく寂しい雰囲気を漂わせている。

昼間とは何一つ変わらない。

…気のせいか。

もともと怖がりでは無いが、野宿を四六時中してきた自分は神経が敏感なのか、魔物が近くにいると妙に背筋が…。

俺は急いで起き上がると寝床の側にあった剣を手に取った。


「…嫌な予感がする!」


テントの外へ飛び出すと、月明かりに照らされた魔物が姿を表にした。


「……な、なんだよ…コイツ」


それは物体と言うに遠い魔物だった。


体はゼリー状、詳しい部位は確認できないが西洋映画のゴーストを象るようなフォルム。

オマケに見上げる程大きい。

まるで異世界からやってきたよう
な…。

と、俺以外に気づいた者がテントから飛び出し、魔物だ!と…。

俺は一瞬、目を疑った。

即座にゼリー状のそいつは限界が無いように手と見られる体を伸ばし、俺の向こう側にいた《人》を捕らえると、そのまま口と見られる穴へ…。

その《人》は必死に剣で抵抗していたが、それも虚しく空をかするかのようにそいつの体をすり抜ける。

俺は見ていることしかできなかった。


そいつが綺麗に獲物を捕食するまで…。

そして、クルリとこちらを向く。

まるで次はお前だと言わないばかりに…。


「…くそっ!」


俺は腰の剣を抜いた。

無駄だと内心わかっていた。

だが、先ほどの者と同じ運命になるくらいなら…。

俺は走った。

できるだけ奴に近い距離に。

同じく、そいつは手を伸ばしてくる。
…できるだけ、奴の側に…。

一瞬、奴のゼリー状の体の中に黒い塊があるのに気づいた。

あそこが…弱点!

不意に思った俺は迫りくる手より速く、速く走った。

わずかながら、奴の手が狙いを外した。

いける!

と、俺は奴の体に異変を感じた。

何か…変形をしているような…。

嫌な予感は的中した。

突如、俺が突っ込もうとしているゼリー状の壁が大きな穴を開けた。

口…。

もちろん、全速力で走っている俺は止まれない。

おまけに、その黒い塊は上へと逃げていく。

…こんなの有りかよ。

俺は全身から力が抜けるようにやつの口へ…。


「…まったく、無謀なことするね〜」


どこからか、筋の無い声が聞こえた。


だが、もう関係の無い…。

突如、魔物の体が異変を起こした。

まるで腹痛に苦しむかのように体をくねらすと大きく後退した。


「ひゅ〜やるね♪リュイくん」


響きの良い銃声と共に、奴の黒い塊に弾丸が見事に命中。


「団長。これは一体…」


リュイは素早く次の構えに移る。


「ん〜たぶん魔物の血液に何らかの寄生型生物が巣くってるってところかな?」


シアムは全速力疾走でへばって倒れたクナキの元へ、ぴょんと走って行った。

死んだように動かないクナキをシアムは面白そうに指先でツンツンしている。

そんな光景を無視するように、リュイは動きだそうとしている魔物に向かって再び弾丸を食らわした。

今度も命中。

リュイは素早く狙いを定める。

流石に魔物は怒ったらしく、がむしゃらに手を何本も伸ばしてきた。


「…団長!」


危ないと感じたリュイがシアムに叫んだ。


「ん?魔物さん本気だね♪」


シアムはクナキを背に抱えると素早く横に回避をとり、迫り来る無数の手を避け、地面を勢い良く蹴り上げ、俊足の如く魔物の核に目掛けて飛んだ。

6メートルも有ろうかというリズムカルな大ジャンプをこなすと力一杯拳を握る。

その黒点に向かって。


「…っはぁ!」


激しい衝撃波と共に真夜中にパーンっと、銃声の様な打声が響いた。

ゼリー状の魔物はそれを受けるやいな、鈍く体をくねらすと勢い良くその体がはじけた。

シアムは決めよく着地をすると、駆け寄ってきたリュイにクナキを任し、ベトベトと降り落ちる塊を避けながら飲み込まれていたと見られる団員の元へ寄った。


「……三人か…結構やられたね…」


戦死した団員に手を合わせ、弔うと他の団員に埋葬するように指示を出した。

その頃、しばらく意識の無かったクナキがリュイの胸内で目を覚ました。


「……うっ!」


激しい痛み…どちらかと言うと、ただの擦り傷だったが派手に転んだせいで体半分に痛みが走っていた。


「大丈夫?」


目を開けるとリュイがかなりの至近距離で見つめていた。

俺は素直に頷くと緊張感の解放に眠気が察したのかその暖かい身にもう一度身を埋めた。

リュイは「しょうがないわね」と、寝ているクナキを支えた。

そこにシアムがやってきた。

少しブスッとした顔つきで…。


「……団長。どうかしました?」


リュイの言葉を無視するかのようにズカズカと進んで来ると、ぐっすり寝ているクナキの頬を思いっきり…。


「…っ!」


あまりの痛さに飛び起きたクナキをリュイはくすっと笑った。

怒った表情でシアムが言う。


「…まったく!あれほどリュイくんには変な事はしないって約束したのに〜」


表紙の抜けた顔でクナキは目をパチクリさせるとチラリとリュイの方を見た。


「……俺。何かした?」


リュイは笑いながらわざとらしくふざけた調子で…。


「ん〜、レディーの体を寝床にぐっすり寝てたかな?」


そういえばと、思い出して顔全面真っ赤になっているクナキを見て二人一緒に笑った。


「…で、まあ〜今日はいろんな事があったけど…眠いから…解散〜」


そう言うとシアムは大きく腕を広げて寝床へと向かった。

皆もそれに習うように後に続いた。

広場にはクナキとリュイが二人きりになった。


「……俺、ずっと一人だったからさ…仲間が死ぬってことはわからないけど……悲しいことなんだろな…」


綺麗に埋葬された跡を見て、俺はそっと呟いた。

先ほどの笑みを隠すように、リュイは思い詰めた表情でうつむくと言った。



「…うん。…でも、君にもわかると思うよ、大切な仲間を無くす気持ち……」


リュイはクナキに少し寄ると心配そうな顔で言った。


「……あんまり、無茶しないでよ。今回だけで三人もやられたんだから…」



そんな言われ方をされると正直困ったが、素直に答えた。


「…分かった」


リュイは「絶対だよ」と、軽く俺の手を握った。

革の手袋を通して手のひらの暖かさがゆっくりと伝わる。

リュイはにっこりと笑みを浮かべると「じゃあ」と、手を振り寝床へと向かった。


「……無茶するな、か…。悪いけど守れそうにないな…」


クナキはふと、空を見た。

雲の合間から月がくっきりと姿を現している。

丁度、満月の頃か眩しいくらいに明るく輝いていた。

しばらく見つめていたが、冷たいい風を一つ浴びると急いで寝床へと向かった。




朝の霜降りの時。

寒さで目が覚めると、まず大きなくしゃみをした。

どうやら風邪をこじらしたらしい。

と、除くようにリュイがテントに入ってきた。


「大きなくしゃみだね…風邪、引いた?」


少し心配そうにこちらに向かって来ると、寝床に身を乗り出し、そっと手のひらをクナキのおでこに当てた。


「…うわっ、熱でてるね……今日の出発は無理かもね…」


しばらくじっと見つめられていたが、リュイが軽いため息を漏らすのを見ると、俺はよろめく体を起こした。

リュイはふらつくクナキの体を支えながら言った。


「…駄目だよ!寝てないと!」


「…悪いけど、風邪なんかで止まっている暇は無いんだ…」


俺はリュイを無視するかのように踏みだそうとした。

と、リュイはクナキの進行を邪魔をするかのように正面に立つと、真剣な表情で言った。


「……約束したよね…無理しないでって」


気持ちは分かっていたが、いろいろな不満が溜まり、つい、クナキは怒鳴った。


「…最初から思っていたけど、見ず知らずの俺にこれ以上関わらないでくれ!理由も無しに変に気を配られるのは気味が悪い!」


言い過ぎではあったが本音に間違いではなかった。

とっさのことで立ちすくむリュイを見るのは胸内痛かったが、何も埋める言葉が無く無言で彼女の隣を通り過ぎテントを出た。

外には、呆れた表情のシアムが立っていた。


「君、乙女心って物が分かってないね…」


「……一生分からないな。とりあえず、俺は一人で行かせてもらう。世話になった…」


無愛想に背を向けるとシアムに別れを告げ、クナキは先へ進んだ。


「……まったく」


シアムはただ、その寂しい背中をじっと見つめていた。




丁度、夜明けの時。

クナキは途中、キャンプで寝泊まりしながら森の南部へと到達したころだった。

この森、《ホワイトウォール》は軽く大海をも超える超巨大森林。

それは二つの大陸を挟んでそびえる国境でもあり、移動の際は決してここを通らないといけない。

別に反対側の大陸には興味は無かったが、どうしてもこの森に用があった。

《ベヒモス》の妖精を探し出し、倒すこと。

国の討伐隊の張り出しの依頼だったが、懸賞の品《覇王の剣》が無残にも俺を引きつけた。

狩人として武器は命より大切である。


そんな相棒のためなら名の優れた名剣を一本は欲しいものであるが、残念ながら俺の相棒はそこらに売っている安上がりな粗末な物だ。

今までこれ一本で生きてきたのが不思議なくらいだった。

数時間前のことを忘れるかのようにクナキは早足で先を急いでいると、森の人工的に作られた道に大きな熊が寝ていた。

サーベルベア。

対して昨夜の敵ほど強敵ではない温厚な奴だが、機嫌を損ねればその大きな爪で無残に引き裂かれてしまう。

寝ているところをよしとして、起こさないように慎重に足を進める。

と、足元に小さな小熊が寄ってきた。


どうやらこの大きな熊の子供だろう。


遊んで欲しいと言わないばかりの上目遣いで見つめているが、そんな暇は無いとばかりにクナキは無視をすると、その跡を頑張って付いて来る。

徐々に親熊から離れ、その状態のままクナキは先へ進んで行った。

しばらく進んだ森の中。

クナキは少し休憩しようと木に腰を掛けていた。

相変わらず小熊は側にいる。

沢山歩いて疲れたのか体を皮のブーツに寄せると気持ちよさそうに横たわった。

その愛らしい姿を見ながらふと、今朝の事を思い出した時だった。

不意に後ろから巨影が襲ってきた。

小熊を片手に抱え、素早く前に転がると剣を構えた。

フェザーリザード。

大きな白い翼で飛び回る厄介な人形爬虫類。

ここらで住んでいる魔物の中でも強敵である。

クナキはやむを得ず向きを変えると近くの茂みに素早く逃げ込み、抱えている小熊を茂みの中に隠し再びそいつの前に現れた。

フェザーリザードは相変わらず舌なめずりをしている。

手のような前足を小刻みに動かすと翼を広げ、勢い良く突っ込んできた。

素早くそれを横に回避すると剣を構え、勢いの止まった奴の背中にぐさりと刺した。


「グェェッ!」


鈍い声を上げるとよろめき、気を無くしたかのようにぐったりと倒れた。

倒したかと気を緩めた時、急に頭がクラッとフラついた。

熱が酷くなったのだろう。

朦朧とする意識の中、背後に寒気を感じた。

回避を取った時には遅く、背中に冷たい、鋭い感触が走った。

首狩り包丁で刺された体は足から崩れ、地面に倒れた。

この森の狩人、アークゴブリン。

敵味方関係なく振り回してくるその首狩り包丁には毒が塗られており、かすり傷だけでも致命傷。

今に限っては関係の無い…。


「キィシャー!」


奴の雄叫びが響く。

悔しさは痛みと共に消え、意識が徐々に薄れていく。

ちくしょう…。

アークゴブリンは横たわるクナキに容赦なく、トドメの一撃を振り下ろす…。

ダンッ!

鈍い音が辺りに響いた。
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