クロスワールド
□第一章
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4:クナキくん
私はその後、戸惑いながらも起きて…。
えっと、とりあえず出発する後片付けと言っても寝間着から服に着替えて、結晶を一つ一つ小さくするだけで終わったんだけど…。
クナキくんの第一目標である【ベヒモスの妖精】の討伐に向かいました。
朝の事で、私の目を見る度に真っ赤な顔でそっぽを向くクナキくんは昨日と比べて変わらないけど、その背中はとても大きく見えた。
おもしろ半分で後ろから抱きつくと、クナキくんは腰を抜かしたように転んで…。
「っリュイ!…いきなりしがみついてきたらびっくりするだろ…」
「…ごめん」
クナキくんは困った顔で私を見つめていたけど、気持ちを切り替えたように笑うと、すっと立ち上がった。
「…リュイ、行くぞ」
「…うん!」
私は差し出された手にしがみつくと、先の見えないこの森を進んだ。
クナキくんの情報によると、【ベヒモスの妖精】は他の生物に寄生し、その体を自分の物にして成長する。
寄生された生物には二本の曲がりくねった角と、背中に小さな黒い羽根が生えているみたい。
この森には数万を超える生物が生息している。
そんな中から探そうだなんて…。
でも、クナキくんはね。
今倒さないとこの世に人は住めなくなるって。
そんな事を言われたら探さずにはいられないよね。
「…クナキくん。【ベヒモスの妖精】の出没した場所の情報とかあるの?」
「ああ。確か、リュイ達がキャンプを貼っていた辺りと、丁度この辺りだな」
私のすぐ近くに潜んでいたかもしれないなんて正直驚いた。
でも、未だに団長からの異常の連絡も無いから絞るとしたらこの場所かな。
先ゆくクナキくんの背中を見つめながら私は辺りに警戒していた。
朝、出発してから魔物に一度も出会っていない。
もしかしたら罠の中に誘われているかもしれない。
そんな事を考えながら私は歩いていると、突如激しい痛みを全身に感じた。
「ああっ!…」
全身の皮膚を容赦なく引っ張る様な痛み。
まるで何者かに血肉を食い荒らされているかのように…。
痛みの酷さに私は倒れると、クナキくんは急いで駆け寄ってきた。
「リュイ!…どうした!」
激しい痛みの中、クナキくんに身を委ね、私は痛みが引くのを待ち続けた。
痛みのピークを超え、消え去った頃には私はただ、クナキくんの顔を見つめる事しかできなかった。
苦しんだあまりに元気が無くなり、その優しい腕に支えられてもらうだけで精一杯だった。
「…そ、そろそろ大丈夫かな?」
「無理するな!…リュイも俺に言ってくれただろ…」
私は「ありがとう」と言うと、僅かな力で体を動かしクナキくんを草のしとねに捕らえ、覆い被さる様に抱きつき、嬉しい気持ちを押さえきれずにそっと甘い口付けをした。
時間を忘れるように溶け合い、優しく、お互いの感触を確かめあうように。
正直恥ずかしかったけど、途中からはその事に私は夢中になっていた。
私は長い口付けを終えると、崩れるようにクナキくんの胸に頬を当てた。
緊張しているのか少しテンポの速い鼓動が私を通してくる。
「…クナキくん。…ごめんね、迷惑ばっかかけて…」
「…リュイ、気にしなくて良い。ゆっくり休めよ…」
「…うん」
私は身を任せるようにクナキくんの体に埋もれた。
優しい香りが私を夢の世界へと運んだ。
私は目を覚ますと辺り一面が白い花園になっていた。
クナキくんは…いない。
突如の不安に戸惑い、しばらく私は立ちすくんでいた。
と、視界の先に1人の少女がいた。
私は声をかけようとしたけど急にその口を閉じてしまった。
その少女は自分にそっくりだった。
私はこの世の常識を覆すかのような違和感を全身に感じた。
彼女は至る所が痛々しく、背中には赤黒い羽根が生え、手と足の先は引き裂かんとばかりの長い鉤爪が伸びている。
まるで魔物に乗っ取られた様に…。
彼女はただ、私を見つめていた。
私もただ、彼女を見つめていた。
その目は何かを訴える様に私を見つめて…。
滞る思考の中、あの激痛が再び起こった。
「ううっ!…」
全身を引き裂かれる痛みが精神を奪った。
クナキくん…。
私は心の中で叫んだ。
激痛の中、私は彼女が何か喋り出した事に気づいた。
「…苦しいか?…その痛みは一生お前を喰らう…。…お前は私、お前は私…ずっとだ…。そしていつか、私はお前になる…」
朦朧とする意識の中、私はしっかりとその言葉を記憶していた。
重なるような不安と共に痛みも増し、流石に私は意識を無くした…。
私は再び目を覚ました。
夢…。
私は軽く溜め息を吐いた。
彼女の言っていた事が酷く頭を乱していた。
今まで抱えたことのない不安。
ただの夢にしてはクリアすぎた。
ふと、寝ている筈なのに視界が動いているのに気づいた。
クナキくんは私をおんぶしながら歩いていた。
その優しい腕はしっかりと私の太股を乗せ、支えている。
私は肩に乗せていた腕をクナキくんの脇を通して回すと、そっと抱きしめた
。
不安から逃げるように強く。
「…リュイ。…大丈夫か?」
「…うん。…クナキくん、一つ聞いても良い?」
「…ああ」
「…私ね、何故かわかんないけど…恐いの…」
クナキくんは無言で足取りを止めるとそっと、私を地面に降ろした。
私は続けて言った。
「…上手くは言えないけど、自分が何かにずっと狙われている様な…そんな気持ちなの」
私はその大きな背中を見つめた。
そして、また彼女の言っていた言葉を思い出す。
お前は私、お前は私…。
繰り返す不安に少し泣き崩れそうな私に、クナキくんは振り返ると真剣な目で応えた。
「そうか…、リュイは今まで沢山の部下を指導してきたんだろ。そんな団長様が不安如きで足を止めたら駄目だろ?」
「…でもね、私にだって耐えられない事くらいあるよ…」
私はクナキくんにすがるように震える小声で言った。
困った顔のクナキくんは思いついたように言った。
「…じゃあ、リュイ。俺に不安をぶつけろ、独りで抱え込むなよ…」
クナキくんは私に優しく微笑むと、両手を軽く広げた。
何故かは分からないけど、私はその言葉に、クナキくんに心を奪われ、翠色の瞳から流れる様に涙を流した。
「…うん」
私は涙を拭くとクナキくんの胸に飛び込み、泣いた。
クナキくんはそっと、腕を私の背中に回すと強く抱きしめた。
「…リュイには俺がいる。心配するな…」
私は溢れる涙を抑えながら頷く事しかできなかった。
その優しい君の中で…。
私達はさらに森の奥へ進むと、小さなキャンプ場を見つけた。
クナキくんが用意してくれた結晶とは程遠い、よく見るナイロン制のテントが一つ立っているだけであった。
実際、四次元的圧縮結晶は人工的には作れず、一般人が手に入れるには運良く秘境の土地で拾うか、高額なオークション場で一年に一度出るかわからない物を落とすしか方法は無く、とても貴重な物。
そんな結晶を沢山持っているクナキくんって…。
私は尊敬の眼差しと共に、不思議に満ちた好奇心でクナキくんの腕に自分の腕を回した。
「…良いかな?…少しだけ…」
私は少しばかり自分の胸をクナキくんの腕に押しつけながらねだると、そっとクナキくんの肩にもたれた。
耳まで真っ赤になったクナキくんは私から目をそらすと呆れたように言った。
「…そのかわり、戦闘準備はいつでもしとけよ…」
「…うん」
私は頷くと、クナキくんにくっついた左腕とは逆の右腕の手に《ジャックボルト》を握りしめた。
キャンプ場なら普通、人がいても良いはずだけど辺りは妙に静かで人気がない。
それにしてはつい先ほどまで生活していたと見られる物が散乱している。
「…人、いないね…」
「ああ。……っ!」
クナキくんは私を抱えると素早く地面に転がった。
どうやら何者かの矢を避けたらしい。
地面に何本かの矢刺さった。
クナキくんは私を抱えながら立ち上がると、木の陰に向かって言った。
「…お前ら、盗賊か?」
と、私達の周りを囲むように木の陰、テントの中からぞろぞろと人が出てきた。
「…そうだ!俺達は貴様らみたいな冒険ヤローを狩る盗賊だ!」
その中のリーダーが声を張って言った。
見るからに不潔で右目の眼帯が特徴。
その男はふと、私を見ると舌なめずりをした。
「…おい、兄ちゃん。良い女持ってんじゃんか。ヘッヘッヘ、今日は楽しめそうだぜ!」
周りの子分達もいっそう声を上げた。
私は嫌悪の目で男を睨むと、クナキくんにぴったりとくっついた。
盗賊達はゲラゲラと笑い出すとそれぞれ武器を構えた。
「…リュイは俺が守る。下がってろ…」
クナキくんは私の前に右腕を出すと、剣を抜いた。
「わ、私も戦うよ!」
私は迷わずクナキくんの隣に出た。
クナキくんは困った様に私を見つめたけど、真剣な表情に変えると前を見つめた。