クロスワールド
□第二章
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2:忘れられない約束
俺はシアムに強引に連れられ、《トリティア王国》にそびえる王宮へと向かう頃だった。
「流石に二人ともその格好では会議に出られない」と、シアムに俺はその場で着替えさせられ、リュイは自分の部屋まで着替えに行った。
どうも着慣れない黒衣には赤い蜻蛉のような刺繍が入り、何よりも肌触りが良かった。
シアムは「馬車を出してくる」と言うと跳ねるように闇へと消えた。
着替えに行ったリュイを待つこと30分…。
ギルドの黒衣に身を包んだリュイがやってきた。
自分のを見た限り、制服は堅苦しい物と思っていたが、リュイの格好を見て、思わず見とれてしまった。
先程の可愛らしい格好とは裏腹に露出された肩に開いた胸元、寒そうなお腹と二の腕に、短いスカートから伸びるすらりとした長い脚。
伸ばされた白銀の髪はさらりとなびいている。
急に色っぽくなったリュイは性格が変わったかの様に、「似合ってる?」と危なげなポーズを取ると、俺の側に寄ってその華奢な腕を回した。
「…リュイ。…服装で性格が変わるな…」
「そうかな?…クナキくんも格好いいよそれ♪」
リュイは顔を上げると、「お待たせ♪」と俺の頬に軽くキスをした。
急に積極的になったリュイに抵抗しながら、俺は帰ってきた馬鹿団長と馬車に目をやった。
シアムは流石は国家直属ギルドだなと思うくらいの大きな馬車を用意すると早速、美人な手綱引きに歩み寄り、「僕と夜空を歩きませんか?」などと臭い台詞を言いながら、「結構ですっ!」と断られていた。
しょんぼりする団長は、「じゃあ行こう♪」と言うと先に馬車に乗った。
馬車で移動する際もリュイは相変わらず、嬉しそうに俺からくっ付いて離れなかった。
そんな光景を見てからの馬鹿団長は頭から湯気が出ているんじゃないかと言わないばかりに怒りだすと、馬車の外に出て、懲りずに美人な手綱引きを口説きに行った。
「…やっぱり、団長は団長だね」
「…だな」
嬉しそうなリュイの笑顔を見つめると、ふと、俺は呟いた。
「…別に嫌な意味で言うんじゃ無いけど…本当にリュイから安々とベヒモスが居なくなる様な気がしなくてな…」
リュイは俯くと続ける様に言った。
「…私も正直不安だよ。…そんなに軽い物なのかな?って…。あんなに必死だったのに、石ころ一つで解決しちゃうのが信じられなくて…」
リュイは俯いた顔を上げるとそっと笑顔で言った。
「…でも、例え私が治らなくても…今はクナキくんが私を守ってくれるから…」
リュイは二人きりになったのを確認したかのように身を乗り出すと、そっと俺の首に腕を回し、抱きしめた。
超至近距離のリュイの顔はいつも以上に色っぽく、何より大人びた体から伝わる感触がそれを与えていた。
正直どうしようか困っていたが、心を落ち着かせるとそっと抱きしめた。
「…リュイ。…俺も頑張らないとな…」
このまま続いて欲しいような感覚。
俺は抱えた彼女を通してそれを感じていた。
リュイは俺にとっては大切な存在。
でも、リュイは…。
俺は、「馬鹿なことを考えるな」と戸惑う不安を追い払うように必死に頭をクリアにしようとした。
それに気づいたリュイは笑顔で唇を運ぶと、俺の唇にそっと口付けをした。
いつもより短く、嬉しそうに。
口付けを終えるとリュイは、続けるように言った。
「…クナキくん。…クナキくんには私がずっといるから…。…だから一人で悩まないで…」
その表情は全ての不安を取り除くように綺麗だった。
リュイは俺の手を取ると、優しく握った。
小さな華奢な手。
俺にはその手から伝わる暖かさがとても大きく感じた。
「…ありがとう、…リュイ」
俺は再びリュイを抱きしめた時、ぶっすりとした顔のシアムに気づき、「あ、やばっ…」と思った時には遅かった。
結局、馬鹿団長からハリセンしばきのお仕置きを何故か受ける羽目になり、「ごめん」とリュイは急に距離を置くようになった。
俺は助かったような寂しいような感じがした。
馬車の小さな窓から見える光景は以前と変わらず、同じ様な形の木々が過ぎ去って行くだけであった。
俺はそんな光景を見つめながら、ふと、思い出すと顔色を変えるようにシアムを睨んだ。
「…シアム、言いそびれていた事があった。…リュイがベヒモスの妖精に寄生されていたのを俺と出会う前から知っていただろ?」
リュイは驚きを隠せないように唖然とした。
蒼色の目の男は苦そうな顔をすると、そっと口を開いた。
「…まあね。…別に僕も黙りたくて黙ってた訳は…」
眠っていた感情を解き放つように俺はシアムの首襟を掴むと怒鳴った。
「お前はそれでも団長かよっ!大切な部下じゃないのかよっ!なんでずっと黙ってるんだよ!!隠し事をする奴が団長面していい気になってんじゃねぇよ!!」
それに答えない男につい、イラッとしてその顔に右手を挙げようとしたとき。
庇うようにリュイがそれを体で受けた。
俺は嫌な感触と共に何も言えなかった。
「…く、クナキくん。…落ち着いて!…私は、団長の事も大好きだし、クナキくんの事だって大好きなんだよ!…だから、そんな事で…私の事で殴り合いなんか止めてよ!」
2つの痛みに…、リュイには1つしか感じないかのように泣き崩れると、俺の手を強く握った。
二人とも、ただ黙っている事したできなかった。
俺はしばらくしてやっと開いた口からは謝罪すら出せなかった。
突然の悲劇と己の罪悪感に何も言えず、俺はそれから逃げるようにリュイの手から逃げ、走る馬車を転がるように飛び出すと、着地した時に強く打った体を引き吊りながら宛のない方へと歩き始めた。
馬車を止め、必死に追いかけてきたリュイは後ろから俺を抱きしめると言った。
「…クナキくん。…行かないでよ!…」
俺は整理ができない頭が一杯になり、リュイを振り払った。
「…もうこんな俺に関わらないでくれ!…俺には誰かと生きる資格なんてないんだ!」
空回りする心が弾け、俺は必死にこの思いから逃げようとした。
「クナキくん!…君は間違ってるよ!…私は、クナキくんがいないと生きていけないよ!」
泣き声のリュイの言葉を嫌うかの様に俺は耳に入れないように必死だった。
リュイは俺を止めるように後ろから抱きつくと、草の地面に叩きつけた。
リュイを通して悲しい旋律が伝わってくる。
必死に押さえつけるリュイは泣きながら俺に言った。
「…君は一人なんかじゃないよ!…私は、ずっと君だけを見てきたんだから!…だから、私を一人にしないでよ…」
全身に刻まれるようにリュイの気持ちが心に絡まり、俺は言葉にならない声を上げるとリュイを振り払うように立ち上がり、痛みも忘れ、遠い闇まで走った。
その声が届かない所まで…。
俺は町外れの小さな森に身を隠す様に、古ぼけた廃墟に頭から突っ込んだ。
何もかもが無くなったような絶望感に涙が溢れた。
優しい彼女の顔を思い出しては床に頭を打ちつけ、血を流すまで俺は泣き続けた。
もう、自分がわからない…。
俺は意識を失うように眠りについた。
何も感じないような白さ。
辺りはそれが広がり、ただ俺はそれを無意識で見つめていた。
…また、この夢か…。
俺はただ、その孤独な空間に身を丸め、全てから逃げようとしていた。
繰り返す思いもやがては忘れ、ここに居るだけで全てを忘れていきそうな感覚だった。
…このままいっそ、空っぽになった方が良い…。
俺は全てを忘れようとした。
生まれ育った村、旅をした場所、出会った人、守るべき物…。
不意に涙を流している事に気づいた。
忘れようとしても忘れられない思い。
その感触、香り、強く刻んだ約束。
忘れようと思う度に涙が流れた。俺はその忘れられない思いに耐えられず、そっと呟いた。
「…リュイ」
出会った時にゆっくりと刻んだ名前。
俺はそれを手に取るように抱きしめると、いつものように笑った。
「…ごめんな…リュイ。…俺はまだ、約束を破れない…」
リュイが好きだったその優しい顔で…。
微かに聞こえる音。
森の旋律にも似たそれは、徐々に確かな物へとなった。
誰かの声。
俺を呼び掛ける様な透き通った声。
目の前が明るくなるように俺はその声に応えた。
「…リュイ」
目を開けると、「…良かった」と透き通った涙を流すリュイが横たわる俺の側にいた。
俺は一晩寝たらしく、辺りは明るくなっている。
相変わらずの膝枕はいつもと違って優しく感じた。
俺はそれを確認するかのようにリュイの太股に手を当て、その綺麗なラインをそっと上へなぞった。
顔を赤くしてビクッとするリュイを見つめると、俺は一筋の涙を流すとそっと微笑んだ。
「…リュイ。…ごめん…」
リュイは急に泣き崩れると俺の腹にパンチを入れた。
それは優しく、心を和ませるような。
「…クナキくんの馬鹿!…馬鹿!…馬鹿!」
リュイは何度も優しいパンチを入れると、崩れるように俺の額に自分の額を当てた。
少し嬉しそうで怒っているその顔からは綺麗な涙が伝ってきた。
その涙は混ざり合うと、仲良く床へと落ちていく。
「…リュイ。…ごめん、本当に…」
右手を動かすと、そっとリュイの頭を優しく撫でた。
急に、リュイはムッとした表情をすると自分の額を俺の額に頭突きした。
ズキッとするその痛みは俺を受け入れるように優しく引いた。
「…これでおあいこね!」
リュイは痛そうに額を押さえると落ち着くようにため息を吐いた。
「…リュイ。痛いな…」
俺は赤くはれた額を押さえると優しく微笑んだ。
リュイは急に優しい表情に変えると、俺の赤くはれた額を、そっと綺麗なピンク色の舌で優しく舐めた。
突然の事に俺はたじろぐとリュイはクスッと笑った。
「…それはオマケ♪」
俺は恥ずかしそうに湿った額に手を当てると、そっと、その優しさを受け止めた。
しばらく沈黙の時が流れた。
俺はその優しい笑顔をずっと見つめていた。
そんな笑顔を殴った自分が許せなくて、俺は全てを忘れようとした。
そんな笑顔だったから俺は忘れられなかった。
一人ぶつぶつと考えていると、リュイは俺の頬を引っ張りながら言った。
「もう!…独りで難しい顔して考えない!団長みたいになっちゃうよ!」
「っつ!!…そいつは勘弁…」
リュイは手を離すと落ち着くように微笑んだ。
「…クナキくん。…もう、独りで悩まないでね。…私はずっと君の味方なんだから…」
俺の顔を沿うように撫でるその華奢な手は、そっと心に届いていた。
「…ありがとう。…俺、間違ってたよな…。…ちゃんとリュイが見守っててくれたのに…」
「…でもね、クナキくん。…私はこれでも自分の事で精一杯なんだよ…。…だから私にはクナキくんがいないと、今みたいには強くはなれない…」
リュイは悲しそうな表情をするとそっと俯いた。
「…だからね、私が壊れた時はクナキくんに守って欲しい。…私はクナキくんみたいに強くはなれないから…」
「…リュイ」
俺はリュイを抱き寄せるとそっと呟いた。
「…上手くは言えないけど、俺もリュイがいないと強くはなれない。…だから、お互い様じゃなくてさ…」
俺は少し照れ臭そうに言葉に詰まると、深呼吸に続けるように言った。
「…2人で守っていかないか?この強さを…。少し、意味わからないけど…」
「…うん。…全然意味わからない…。でも、クナキくんの言いたい事は…」
リュイは俺の首に腕を回すと、そっと照れ臭さい笑顔で言った。
「…結婚してくれって言いたいんだよね♪…」
俺はその言葉にくすぐったくなり、それを隠すように、「ああ」と笑った。
リュイは、「はいっ♪」といつも以上の笑顔で応えると、俺の心に飛び込むように、甘い口付けをした。