クロスワールド

□第二章
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3:離れていても
しばらく続いた甘い口付け。

私は大好きな彼と一緒にその感触をゆっくりと刻んでいた。

大切な誓いをした今。

私は全てを、この二人だけの強さに注ごうと決めた。

乾く事を知らない2つの唇は、溶け合う様にお互いの気持ちを受け止めている。

気恥ずかしさを忘れて夢中になる私は、伏せていた目を少しだけ開けた。


クナキくんも少しだけ目を開けると、少し緊張気味の真っ赤な顔で優しく微笑んだ。

その大好きな笑顔に応える様に、私は息の続く限り続けた。

二人で守る…。

私は考えるだけでも嬉しさが押さえきれず、クナキくんを強く抱きしめた。



「…っ!…リュイ。…痛い…」


クナキくんは優しく唇を離すと、優しい笑顔で囁いた。


「…あ、ごめん…」


私は回していた腕を引っ込めるとクナキくんに笑顔を返した。


「…リュイ。…近いうちに式をあげても良いか?」


私はうん。と言いたかったけど、昨晩に団長に言われた事を思い出した。


「…クナキくん。実はね、私…。…近いうちに《ホワイトウォール》の向こう側の《くくのき》に行かなくちゃならなくなったの…」


クナキくんは少し驚く様に、「えっ」と声を漏らすと言った。


「…ギルドの任務か?…会議で呼ばれた理由でもあるのか?」


「…うん。…何でも、両国の交流関係が昔から悪かったから、友好条約を結ぶ為に使者として私が選ばれたの…」



クナキくんは続けるように言った。


「…って事は、…しばらくこの国には帰って来れないのか…」


「…うん。…でも、向こうの国は《魔術》がとても発展しているの。…団長が言ってたんだけど、《セイレーンの涙》を安全に取り扱える環境がこの国には無いからって…。…だから私は行くことに決めたの」


私は少し寂しそうなクナキくんの顔を見つめると、そっと微笑んだ。


「…クナキくん。…心配しないで。…離れていても一緒だよ…」


「…ごめん。…少し、心配しすぎたな…」


クナキくんは笑顔を返すように微笑むと続けて言った。


「…俺は付いては行けないのか?…リュイの護衛として話を通せば…」


「…実は、友好条約を結ぶ条件が《一人だけ使者を送る。》が向こうの国の決定権なの…。だから私一人じゃないと駄目なの…」


「…そうか。…国はリュイの保証を考えないつもりかよ…」


私は悔しそうなクナキくんの顔を見つめると、真剣な目で見つめた。


「…クナキくん。…悪魔で私は自分の為に行くの。…国の言いなりになるつもりは無いから。…だから、私が無事に帰れるように…祈ってて欲しいの…」


落ち着くようにクナキくんは優しく微笑むと、続けるように言った。


「…分かった。…ずっと帰りを待ってるよ…。…ずっと…」


私はクナキくんの胸に優しく頬を当てると、その優しいリズムをしっかりと刻んだ。




月日が過ぎて、私は国に呼び出され、ギルドのみんなに別れをつげながら、《くくのき》からの迎えの船に乗ろうとしていた。

魔術が最先端な国だけにあって、迎えの船は空を浮遊しているスカイシップだった。

特に、羽ばたくような起動は見えず、船内にある巨大な浮遊結晶を動力に浮いているって団長が言ってた。

私は唖然としながらその光景から目が離せなかった。

…これが、クナキくんとの楽しい旅行なら…。

私は俯くと、さよならを言いに来なかった彼を少し恨んだ。

クナキくんの馬鹿…。

私は一筋の涙を流すと、船から降りてきた《くくのき》の戦士に目をやった。

燃える様な赤い髪色。

後ろに束ねられた長い髪の毛。

紺色の戦闘着に、顔の鼻から下半分を隠した黒いマスク。

そのマスクから覗く赤眼は獣の様に鋭く光っている。

何より、背中にしょっている赤黒い大きな大剣が物騒に輝いていた。

その男性は私に歩み寄ると、マスクの下の口を動かした。


「…《トリティア王国》の使者よ。我が名は《じんりゅう》。《くくのき》では武力団体の長を勤める者だ。あなたを護衛すると共に、異常な行動をした際の始末を命じられている。…以後、両者によき関係を…」


じんりゅう…。

私はこの上ない恐怖の人物にお辞儀をすると、後に続いた。





その頃、俺は行きつけの店に行っていた。

相変わらずの居酒屋らしくないお洒落な雰囲気の中で、賑やかな人が一名。



「クナキ〜!何であの子を見送りに行かねーんだよ!」


陽気な亭主は俺の耳元で騒いだ。


「…うるさい」


俺はサルザの顔を片手で押し退けると小さなため息を吐いた。


「クナキの愛へのバンジーロードは終わったのかよ?!…あんな可愛い子をもてあそんでお前は終わりか……っいだ!」


俺はうるさい亭主の額を殴ると言った。


「…うるさい!…俺が行ってもリュイが泣くだけだ…」


俺はワイングラスに水を注ぐと一杯飲んだ。


「…クナキがそういうなら…。って、それだけで殴るなよ!」


「それだけでも殴らないと、お前は黙らないだろ…」


額を痛そうに手で押さえる亭主はムスッとした顔をした。


「…それだけにしては痛すぎだろ!」


俺はサルザを無視するように続けて言った。


「…そう言えば、…バイトでも雇ったのか?」


俺はリュイも着ていたあのウエイタードレスに身を包んだ彼女に目をやった。

綺麗な栗色の髪に、月色の様な瞳。

棚の掃除をしているところなのか、短いスカートが危うくひらついている。
少し恥ずかしそうな亭主は彼女を呼ぶと、ソファーに座らせた。


「えっと…。俺の妹のセリアだ…。…働く場所が無くての成り行きで俺が呼んじゃったわけ…」


「…兄がお世話になってます。…セリア・ホルスァーです」


セリアは丁寧にお辞儀をすると、にこっりと微笑んだ。


「…いや、色々と世話になっているのは俺だ。…面倒な兄を持って大変だな…」


俺はおちょくるようにサルザに目線を送った。


「…面倒で悪かったな!…とりあえず、これから二人でやって行くからよろしくな、クナキ!」


陽気な亭主はにっと笑うと、いつものようにカクテルボトルを振り始めた。



「…で、サルザ。…看板娘が居ながらも、まだ居酒屋のつもりか?」


落ち着いた雰囲気の彼女は急に顔を赤く染め、顔を俯かせた。


「…か、看板娘だなんて。…私にはとても…」


「…クナキ!…まさかセリアを口説くき……っいだ!」


俺は早とちりな亭主にソファークッションを投げ、顔にめり込ますとセリアを見つめた。


「…あんな暴走亭主に比べたら随分ましだろ…」


セリアは、ありがとうございます。と言うと、仕事場に戻って行った。


「…クナキ。…俺のこと…、嫌い?」


サルザはソファークッションを顔から剥がすとブスッとした表情で見つめてきた。

サルザは納得のいかないような表情でソファークッションを投げ返すと、小さなため息を吐いた。


「…まさか、クナキが俺を差し置いて結婚しようだなんて…。はあ〜…」


「…って、そこか…。…っ!何でお前が知ってるんだ?!」


俺は疑うようにサルザを睨んだ。


「…いや、別に情報網を使って盗み聞きした訳じゃない!…今日の朝、彼女が挨拶に来て…」


「…リュイが?…確かに、朝はみんなにお別れするって…」


サルザは俺の肩をポンと叩くと、小さなため息に続けて言った。


「…結婚したら、どんな良い子でも悪魔みたいになるぞ……っいだ!」


俺はむかつく亭主の顔面にパンチを入れた。


「…お前が何を知ってる…。少なくともお前の情報網じゃ推測にしか過ぎない事だろ…」


「…だからって殴るなよ…。…クナキ。そう言えば、急に攻撃的になったな…」


俺はそう言えばと思いながら、リュイから受けていた《魔物》の攻撃より痛い鉄拳制裁を思い出した。

今では少し懐かしい…。


「…きっと、誰かに似たんだな…」


俺は少し寂しいようなそんな気がした。

今頃、リュイは泣いているのだろうか…。

心配性な考えをしては、少し微笑む俺を不思議そうにサルザは見つめた。


「…クナキ。…頭でも打ったか?」


「…たぶんな…」


俺は木張りの天井を見つめると、その空に向かって優しく微笑んだ。




えっと、私は謎の男性について行き、船内へと乗った。

船内の雰囲気は思ったより鮮やかな和風造りで、不思議と和むような空気を漂わせていた。

私は男に連れられ、一つの部屋を紹介されると中に入った。

床は畳の様な肌触りで、部屋を支える柱は立派な大木が使用されている。

表向きはただのスカイシップだと思っていたけど、こうも和風になっているなんて驚きだった。

…クナキくんと一緒に来たかったな…。

私はクナキくんの顔を浮かべると、そっと一筋の涙を流した。


「…我は部屋の外で立っている。…何かあれば呼べ」


男性はそれだけを言うと、部屋を出て行った。

私は寂しいくらいに静かな部屋で、ただ、大好きな彼の事を考えていた。

…クナキくん。

…また、独りで悩んでないかな…。

今頃、私の体の事で必死に…。

私は膨らむ不安に耐えきれず、畳んであった布団にダイブした。

フカフカで緑茶の良い香りのする布団は私の体を慰める様に包んだ。

船が風に揺られて軋む音が心にリズムを刻み、私は少しずつ眠気に誘われた。

睡魔と戦いながら、私はこの船出にクナキくんが一緒にいたら…と、想像していた。

…大きなスカイシップを見てはしゃぐ私を嬉しそうに見つめる君…。

優しい竹の香りのする船内を二人で一緒に歩く…。

船内の雑貨屋で見つけた綺麗な簪を、「…似合ってるよ」と優しい笑顔で私の髪の毛に付けてくれる君…。

夜はフカフカな布団の中で優しい君を抱きしめる…。

私は少し頬を染めながら微笑み、フカフカな布団に顔をうずめた。

…クナキくん。

…今何してるのかな…。

独りで街をふらつく彼を思い浮かべると、少し寂しい気がした。

…お友達少ないしな…。

私はサルザさん以外の顔を浮かべたけど、お友達と思う人はやっぱり少ない。

ふと、私は街で出会った綺麗な女性の顔を思い出すと、少し不安になった。


…もしかしたら、クナキくんはあの人と…。

でも、クナキくんは…そんな酷い人じゃない!

私は必死に首を横に振ると、考えるのを止めた。

…クナキくん。

…今頃、泣いてないかな…。

私は寂しそうな彼の背中を思い出すと、そっとフカフカな布団を抱きしめた。

…私が居るからね。

…クナキくん。

…離れていてもずっと…。

私はフカフカな布団を抱きしめながら、スッと眠りについた。




夕暮れの時。

サルザの店を出た俺は、人気の無い街の広場へと出ていた。

相変わらず寂しい雰囲気が漂い、俺はどこか懐かしさを感じた。

噴水の側にある木製の椅子に座ると、少し前に来た時の事を思い出した。


「…そう言えば、…しばらく来てなかったな…」


隣にいた彼女の事をふと思い出すと、自然と不思議な気持ちが溢れてきた。


俺は初めてリュイと出会った時の事を思い出していた。

必死に看病する美しい横顔。

可愛く開く、小さなピンク色の唇。

俺の額に優しく伸びた華奢な手のひら。

何もかもが懐かしく、また、愛おしいかった。

リュイと最後に触れ合った唇の感触は未だに残り、思い出しただけでも酷く緊張した。

俺はその寂しい夕日に向かってそっと呟いた。


「…リュイ」


俺は小さな涙を溜めると、ただ、噴水が水を注ぐ音だけを耳に入れ、そっとその旋律を心に刻んでいた。

その旋律はどこか寂しく、また、悲しくもあった。


「…ずっと待ってる…。リュイが帰ってくるのを…」


俺は落ちていく夕日を眺めながら、そっと、優しい笑顔を浮かべた。
 

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