蒼弾の紅那記

□第二章
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・絶対零度
そっと森を駆け抜ける冷たい風。

道行く雪は足を奪い、体力を徐々に蝕んでいた。

何でスカートにしたのかな?と思いながら私は師匠の顔を思い出した。

剥き出しになった脚は赤く腫れ、痛みも感じないくらいに酷くなっていた。

漏れる吐息は白くなり、私の長い髪は少しずつ白い霜が溜まっていた。

今は《ホワイトウォール》の調査の一日目のお昼。

急に冷え込んできた森に、団長をリーダーにして進んでいる私達は急に足を止めた。


「…どうした、シアム殿…」


暖かそうな格好のじん隊長は先止まった団長に言った。


「いや、そろそろ暖を取ろうかなって♪この森はお昼が一番冷えるからね♪…無理に進んでも凍え死んじゃうから…」


団長はそう言うとシュリィーさんと私の脚を見つめた。


「…なら、我の出番だな。シュリィー殿、力を貸してくれ…」


「えっ、私!?」


じん隊長は大剣を抜き取ると、そこら辺に生えていた大きな大木を一太刀で切り落とした。

まさかの馬鹿力に私とシュリィーさんは驚き、団長は楽しそうに見ていた。


「…シュリィー殿。この木を燃せぬか?」


「ま、まぁ…できるけど…」


呆れた顔のシュリィーさんはそっと意識を集中させると詠唱した。


結局、その大木ごと燃やしてしまったけど暖かいには不満は無かった。

木が弾ける音と、勢い良く燃える業火…。

ちょっと暑すぎると思いながら私は座り込むとゆっくりと冷え切った足を暖めていた。

団長とじん隊長は何やら話し込み、面白い具合に腰を揃えて座っていた。

私はそれを見つめてクスッと笑っていた。

そんな私の隣にシュリィーさんは座った。

シュリィーさんも脚が赤く腫れ、私に習うように脚を暖め始めた。


「…初めて来たけど予想以上の寒さね…」


「ですね…。前よりも少し寒くなっているような気もしますし…」


私にはあれから一年もたった事がつい昨日の様に思えていた。

クナキくんともここで一年前に…。


「前?…リュイちゃんは一度来たことがあるの?」


シュリィーさんは脚を暖めながら私に訪ねた。


「はい。その時は《ベヒモス》の調査をしていたんですが、結局《魔物》はここに来たときから私の中にいたんです…」


私は霜が溶けてびしょびしょになった髪を前に持ってくると、水を払うように優しく撫でた。


「あ、私がやってあげる♪」


シュリィーさんはそう言うと、鞄から厚手の乾いたタオルを出してそっと私の髪をタオルで拭き始めた。


「ありがとうございます♪」


つい私は嬉しくなって、ぴょんっとシュリィーさんの側に寄った。

そんな私をシュリィーさんはクスッと笑うと言った。


「素敵な髪ね…♪」


私は正直、ドキッとすると照れるように頬を染めた。


「…クナキくんが毎日丁寧に洗ってくれたからかな?」


器用な手先に、柔らかい洗い方。

私は無理やりお風呂に誘った赤面の彼を思い浮かべるとそっと微笑んだ。


「あの子がね…。正直、驚いたわ♪…女の子には不器用なのにね♪」


私達はクスッと笑いながら、今頃彼がくしゃみをしているだろうと想像していた。


「…クナキくんってマッサージもできるし、料理も一流だし、掃除もできて、モテモテだし…、優しい人だから…私も負けられないって最近思うんです…」


そんな私をシュリィーさんはクスッと笑った。


「…ほ、本気ですよ!」


「ごめん、ごめんっ。そういう意味じゃないの…。リュイちゃんにそんな悩みがあったなんて分からなかったから…♪」


それもそれで何か酷い…。

私はプクッと頬を膨らませながらシュリィーさんを見つめた。

ごめん♪と言わないばかりのシュリィーさんの顔に私は頬を膨らませるのを止めると、シュリィーさんは私の頭を優しく撫でた。


「…リュイちゃんってずっと、同じ事で悩んでるよね。…クナキくんと比べて自分がどうこうって…」


言われてみればそうだったかもしれない。

クナキくんとパートナーになってから私はずっと、足手まといになりたくない…隣を歩きたいとばかり思っていた。

別に悔しい訳でもなく、反抗的な性格でもなく、ただ、彼に認めてもらうために必死に…。


「…そこまで深く考え込む必要は無いって♪」


シュリィーさんは黙々と考え事をしていた私に笑顔で言った。


「私はリュイちゃんに反省とか後悔とかをして欲しい訳じゃないの。ただ、自分を認めてくれた人を信じてあげて欲しいだけよ♪」


認めてくれた人…。

正直、私にはクナキくんが認めてくれたのか分からなかった。

彼と結婚まで進んだのに、落ち着かない私の心に私自身が混乱していた。


「…キス。してくれたでしょ?クナキくん…♪」


どうしてその話題を…と、恥ずかしさにメゲながらも私はシュリィーさんを見つめると頷いた。


「愛すると信頼するは一緒よ♪…とても深くも無いことだし、とても浅いことでもない。要するには形のままってこと…。愛を形にすることは信頼を形にすることだって私は思うわ♪」


「愛を形に…」


私は思わずクナキくんと素肌で抱き合った夜の事を思い浮かべると全身を真っ赤にした。

自分でも酔っていたというか、嬉しすぎたというか…。

今を思い返せば、とんだ大胆な事をしていた自分が恥ずかしかった。

そんな私をシュリィーさんはクスッと笑うと優しく私の頭を撫でた。


「…ちゃんと信頼されている証拠よ♪」


そんな私の考えていることをシュリィーさんは見透かしているかのようだった。

その綺麗な瞳で…。


キシャアァ…!


と、前触れもなく辺りに甲高いざわつきが響いた。

私は素早く銃を構えると辺りを見回した。

それに続くように草木から続々と《魔物》が姿を現した。

空を舞うトカゲのフェザーリザードと二本足で立つリザードマンの大群。

ざっと数えても20匹は超えている。

《魔物》は私達を取り囲むようにぞろぞろと迫ってきた。

私は素早く立ち上がると双銃を相手に向けた。

凍る手先に力を入れながら私はトリガーに少し力を入れた。


「…確かにおかしいな〜♪この辺りは《魔物》は来ない筈なのに…」


「…この量もまた異常だ…」


団長とじん隊長は私達に背中を合わすように側に寄った。


「話してる暇は無いと思うけど…」


シュリィーさんはブアッと脚の装甲板に白い光を放った。

と、堂々としたリザードマンが一匹シュリィーさんを目掛けて突っ込んできた。

シュリィーさんは誘うように体を反らすと《魔物》の斬撃を避け、鋭い蹴りを《魔物》の横顔に叩き込んだ。

砕けるような打音と共にリザードマンは床に倒れると動かなくなった。


「あれ、シュリィーは本気で行くの?…じゃあ、僕も本気で行こう♪」


団長はそう言うとバリッ!という稲妻のような効果音と共に手のガントレットを青白く光らせた。

団長は一瞬の間で空高くまでジャンプをすると飛んでいるフェザーリザードに素早い右ストレートを命中させた。

破裂するような鈍い音が辺りに響くと《魔物》は無残にも草むらに落ちていった。


(やっぱり、派転は凄いなぁ…)



私は踊るように戦っている2人を見つめた。

《派転》とは、この《デュアリス》の世界に漂う《魔分》という浮遊細胞を適した《魔装具》に宿し、飛躍的に戦闘力を上げる術。

団長が度々使っていたけど、シュリィーさんまでが使えることは知らなかった。

私は負けてられない…!と思い、素早く頭の中でイメージを浮かべた。

突っ込んでくる《魔物》、それを撃ち抜き踏み台にして素早く群の中に銃弾を撃ち込む…。


(…見えた!)


私は突っ込んできた《フェザーリザード》の顎を蹴り上げると同時に股下から銃を突き出し、《魔物》の腹部に銃弾を撃ち込んだ。

私は気味の悪い呻き声を上げる《魔物》の頭を素早く踏み台にすると身を空中で翻して、神速の如く銃弾を大群に放った。

多少はハズレたけど、それに怖じ気づいたのか大半が逃げていった。

よし…!

と、威勢の良い《フェザーリザード》が着地をしようとしている私に目掛けて突っ込んできた。

やばっ!

私は目の前に向けられた大きな牙に目を伏せた。


「まったく…リュイ君はいつから無茶をするようになったんだい?」


団長は私を後ろから抱き寄せるように片腕で空中キャッチをすると、右手から出た眩い閃光を《魔物》を飛ばした。

サンダーボム。

団長がよく使う術で、光の球体を飛ばし、触れたと同時に電撃派を纏った爆発を起こす術。

何でそれをこんなに至近距離で!私は思わず目を伏せた。

《魔物》と接触すると同時に弾け飛ぶ爆発に私達は《魔物》と共に吹き飛ばされ、団長を背に地面に叩きつけられた。

少し背中にきた痛みは私に沿うように全身に走った。


「リュイ殿!シアム殿!」


「リュイちゃん!!」


《魔物》を全て片付けた様子の二人が私達の側に駆けつけた。

私は直ぐにシュリィーさんに抱えられた。


「大丈夫?怪我、無い?」


私はズキッとする頭を手で押さえた。

手のひらを見るとさっきの衝撃で後頭部から少しばかりの血がでていた。


「…まだ、大したことは無さそうね…」


シュリィーさんは私の後頭部に意識を集中させ、薄いエメラルドの光を放った。

応急処置として使われる《治癒魔術》。

徐々に治まる痛みに私はほっと息を吐いた。

そういえば、誰かを下敷きにしたような…。

私は忘れていた団長の事を思い出した。


「…団長!?」


私は慌てて地面に伸びている団長を探した。

その姿はぐったりとしていて、声をかけても返事が無かった。

嘘…!?

私は急いで四つん這いで駆け寄ると必死に団長を呼んだ。


「団長!しっかりしてください!」


それでも返事の無い団長に私はポツリと大きな涙を落とした。


「…いつまで寝てるの!シアム!」


そんな私の隣でシュリィーさんが団長にかかと落としを振り下ろしていた。

え…?

私は目を点にしながらそれを見ていた。

と、間一髪で団長はそれを転がるように避けると素早く地面に立った。


「危ない…危ない…っと♪」


何が何だか分からない状況の中、私はただ元気な団長を見つめていた。


「…リュイちゃん。シアムがあの程度でやられると思う?」


そう言われてみれば団長があの程度でやられる事は有り得ない…。

大きな岩に潰されたり瓦礫に埋まったりしても生きていた団長だった。

私は安心と呆れを通り越して怒りがブアッと膨れた。


「団長のバカ!変な心配をかけないでよ!」


私は団長の足元に銃を放った。

キャー♪と逃げる団長に呆れながら私はそっと銃をしまった。

《魔物》に打ち勝ったのに私の中ではどうも勝った気がしなかった。

私は落ちていた石を拾うと逃げる団長に向かって投げ始めた。


「バカ!最低!バカ団長!」


そんな私をおちょくるように団長は逃げた。


「…何か様子が変だ!」


とっさに叫んだじん隊長にみんなが振り向いた。

私は石が命中してしまった団長を無視するとじん隊長が構える先を見つめた。

死んだ《魔物》から集まる黒い液体の様な物。

それが一カ所に集まると見る見るうちに大きな塊になった。


「これは…」


私は覚えがあった。

あの時の不思議な《魔物》…。

ギルドのメンバーを三人も殺してクナキくんをも殺そうとしたあの液体の様な生物。


「何これ?!…臭っ!」


シュリィーさんはそう言うと、とっさに鼻を押さえた。

あの時と何かが違う…。

こんなに臭くは無かったし、それにあの黒い核が存在していない。

その液体は徐々に形を作り始めるとブアッ!と姿を現した。

透明な血が象った龍のようなフォルム。

しかし、所々が溶けるように崩れていてまるで未完成の様な光景だった。


「…メルトドラゴン…!」


じん隊長はとっさに叫んだ。

私はその名前に聞き覚えがあった。
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