気まぐれ小説

□俺の嫁(トマト)
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登場人物
屋宰 幸助(やさい こうすけ) 24才
若いごく普通のサラリーマン。
真面目で、二次元に興味がない。
トマトを愛する。
特徴 黒髪 ちょいイケメン
身長 172
体重 63

日菜原 渡麻(ひなはら とま) 18才
幸助が、ふと見えてしまった二次元的美少女。(トマト)
トマトが大好きな幸助に愛を注ぐ。
特徴 長髪の赤髪 緑の髪飾り
身長 164
体重 48

早瀬 竜一(はやせ りゅういち) 24才
幸助の同僚。
二次元が大好きなオタク。
幸助に自分の趣味を進める。
特徴 メガネ ぽっちゃり
身長 175
体重 94



あらすじ

 ここは、ごく普通のサラリーマン達が働くオフィス。

俺、屋宰幸助は、ごく普通のサラリーマンとして働き、ごく普通にお昼時間を過ごしていた。

オフィスの机に座り、コンビニで買ってきた菓子パンを片手に持ち、黙々と食べながらスケジュール帳に予定を書き込んでいく。


「よう、幸助。相変わらず詰め詰めしてるな」


 俺の肩を背後から、じっとりとした手のひらが叩いた。

俺は振り返ると、ビジネススーツがはちきれそうなお腹が目の前を塞ぐ。

それを一回目に入れてから俺は顔を上げた。

ぽっちゃりとした体つきに、縁の濃い丸メガネ。

俺の同僚の早瀬竜一。

歳は俺と同じで、初めて会ったときはその、人馴染みのしやすさから頼りになる人と思っていたが…。


「早瀬さんと違って忙しいんです」


 俺は溜め息一つと呆れた視線を彼に送ると、再びスケジュール帳に体を向けた。


「そんなに冷たくしなくても良いじゃないか。…そうだ!幸助が好みそうな女の子を見つけたんだよ!」


「またですか…」


 乗り気じゃない俺は、しぶしぶと再び振り向く。

目の前には、竜一さんが持っている携帯ゲーム機がかざされ、画面に映っている美少女、すなわち二次元キャラクターが、如何にも魅力的なポーズでこちらを向いている。

そう、竜一さんは二次元美少女にどっぷりとハマってしまった、いわゆるオタク。

俺はゲームはするが、竜一さんのような趣味は持っていない。

この会社に入社して、彼と出会い、懐かしのゲームの話題を彼に口挟んだら、いつの間にか彼の美少女ゲームの話題となり、それから彼のしつこい勧誘が始まった。


「…別に良いんじゃないです?」


 俺は早く話を終わらせたいために、それだけを言って再び机に向かう。


「おい!おい!この子なら絶対、幸助の趣味だから!」


 竜一さんは、いつも通りに熱烈にアピールするが、この状態に入った俺は馬の耳に念仏の如く、彼の話をスルーする。


「くそぉ〜!幸助は手強いなぁ。…今度は別の子を探してくるよ」


 竜一さんは、いつも通りの捨て台詞を吐くと 、いつも通りにキャラポスターを密かに俺の机に置いていく。


「こ、これいりませんから!」


 俺は去っていく竜一さんに向かって叫ぶ。


「幸助の為に買ったから、好きにして良いよ」


 竜一さんは、こちらを向かずに俺に手を振り、オフィスを出て行った。

俺は重い溜め息をつくと、分かっていながらもそのポスターを開く。


「なっ!」


 そこには先ほどの美少女が一人。

しかも下着姿の危ない雰囲気が漂っている。


「…竜一さんの趣味はついていけないよ」


 俺は悪魔で、拒絶する意味でそれを見つめていた。





 今日の仕事は終わり、俺は会社を後にして、いつも通りに近くのスーパーに寄った。

日は完全に落ち、辺りは闇に包まれていたが、週末のスーパーは買い出しの客で賑わっている。

聞き慣れた店内のテーマソングが頭の中を流れはじめ、自然と体がリズムを刻みだす。

俺は、買い物かごを手に取り、一目散に《野菜コーナー》へと向かう。

最近は、肉食系とか草食系とか流行っているが、俺はまさしくその草食系である。

お肉が高くて買えないという理由もあるが、野菜にしかない、みずみずしさが何よりも良い。

レタスの様なシャキシャキとした歯触りも好きだ。

しかし、俺には誰にも譲れない野菜がある。


「トマトいやぁ!」


 俺の目の前でトマトを手に取った母親に、小さな子供がだだをこねていた。


「トマトさん食べないと、大きくなれないよ?」


 困った顔の母親は、子供に向かって言う。


そうだ!トマトを食べなくて何を食べる!


 俺は内心で叫びながら子供を睨んだ。


「今日の晩御飯、ゆうくんが大好きなカレーにするから」


「…うん、食べる…」


 カレーの魅惑に負けたのか、子供はあっさりと沈む。


トマトの何がいけないんだ!


 そう内心で叫びながら、トマトの並んでいる棚の前に俺は立った。

艶のある、甘酸っぱそうなトマト。

その中から選りすぐりのトマトを探す。

ただ選ぶのではない。

まず、目を閉じ、大きく息を吸う。

どのトマトから良い匂いがするかを探るのだ。

次に、目を凝らして形を見る。

綺麗な曲線美を感じさせるトマトでなければ、それはトマトではない。

そして、最後に優しくタッチする。

程よい弾力と肌触りが何よりも決め手。

この3つの条件が揃うトマトこそ、俺の食卓に相応しい。

俺はさっそく探すため、目を閉じ、大きく息を吸う。


お!


 甘いフルーツの様な、優しい香りが鼻を通る。


これだ!


 俺はゆっくりと目を開けると、そこにはトマトではなく、真っ赤なワンピースを着た美しい女性がいた。

幻想的な顔つきに、真紅の長い髪、緑色の優しい瞳が心を一瞬奪う。

彼女は俺に目を合わせると、ゆっくりと微笑んだ。


「…あっ」


 俺は小さな声を漏らし、顔を逸らす。
知らない女性と目を合わす、これ以上の気まずい状況は無いだろう。


…待てよ?


 俺は再び目の前を向く。

そこには先ほどの女性はいない。

当然だ。

俺の目の前はトマトが並んでいる棚。
人がいるわけもない。


…疲れてるな。


 俺は小さく溜め息をついた。

それにしても、さっきの女性。

竜一さんが大好きな、二次元美少女みたいだった。


流石に、ノイローゼになって幻覚が見えたか…。


 俺は気分を取り直し、先ほどの甘い香りのしたトマトを見つめる。


…これだな。


 他のトマトと違い、実に美しい丸さ、形、艶、色…。

俺はそれに手を伸ばし、そっと触れた。


「きゃっ!」


きゃっ?


 女性の甲高い叫び声が俺の耳に入った。

俺は辺りを見渡したが、特に事件という事件は見当たらない。


「…あ、あの…」


 と、か細い女性の声が前から聞こえた。

俺は正面に再び体を向ける。


「えっ…」


 さっきまでトマトが並んでいた棚には、あの二次元美少女が正座していた。

そして、俺が触れた物は丸くて大きく、とても柔らかい…。

座っている女性は恥ずかしそうに頬を染め、もじもじしながらこちらを見つめている。

俺は、触れたのはトマトではない事を一瞬で察した。


「すっ、すみません!わ、わざとじゃ!」


 俺は急いで手を離すと、必死に女性に頭を下げた。


やばい!これは幻覚だったとしてもやばい!


「…ママ。このおじさん、トマトさんに喋ってるよ?」


「…ゆうくん!お菓子買ってあげる…!」


「やったぁっ!」


 隣でトマトを選んでいた母親は、別物を見るような眼差しを俺に向けると、子供を連れて売り場から去っていった。


…なに幻覚に謝ってるんだ俺!変な目をされたじゃないか!


 俺は等々混乱し、一瞬だけ人生の終わりを感じた。


…!


 と、完全に沈んでいる俺に、優しい温もりが包んだ。

少し甘酸っぱいフルーツのような香り。

艶のある赤い髪の毛。

さっきまで座っていた女性は、優しく俺を抱きしめていた。


「…やっと会えた。トマトが好きな人に…」


…え!え!?


 疲れがピークに達したのか、それとも夢を見ているのか、彼女の柔らかい感触に優しい暖かさ、ゆっくりと打たれる心拍も感じれる。


これは現実なのか?


それだと余計に、こんな姿を見られては不味いじゃないか!


 しかし彼女は、離れようとした俺を一層強く抱きしめる。


「…安心して。私は、あなた以外にはトマトでしかないから」


と、トマト??


 俺は彼女をもう一度、目を凝らして見た。

確かに、俺は手にトマトを持っている。

しかし、彼女を意識するとトマトは二次元美少女へと変わる。

俺は、ようやく理解した気がした。

彼女はトマトの妖精なのだろう。

疲れがピークになったせいもあるだろうが、今感じている温もりには嘘は無い。

それに美人である彼女に、俺が求められている。

男である以上、騙されても文句は言わない。自然と身に感じる幸せ。

初めて出会った女性なのに、こうも親近感を感じるのだろうか?

俺が愛しているトマトだからだろうか?


「…此処じゃ話しにくいから、良かったら君の家に連れて行ってくれない?」


 彼女は俺を見上げると笑顔で言った。


「は、はい!」


 それに俺は迷いなく頷く。


こんなに愛らしい笑顔を断れるか!


 俺は彼女の手を…トマトを手に取った。





 俺達はスーパーを出ると、街灯だけに照らされた夜道を歩いていた。

俺に寄り添う女性…レジ袋に入ったトマトは、ゆっくりと甘酸っぱい吐息を吐く。

彼女は俺より少し低い身長で、年齢も若く見える。

そして、俺の腕に通された彼女の華奢な腕は艶やかで、柔らかい。

何よりもトマトに似た、その柔らかそうな2つの膨らみが俺の目を度々奪う。


「…あ、そろそろ家に着きます」


 住宅地の中に佇む、ごく普通の二階建てアパートが見えてきた。

まだ新しく、白い外装が月明かりに反射している。


「綺麗な所ですね」


 彼女は笑顔で言う。


「本当はマンションに住みたかったんですよね…。でも、このアパートが手頃だったので」


「へぇ〜。私はこのアパートも素敵だと思いますよ!」


 フォローしてくれたのだろう、彼女は声を少し張り上げて言った。


本当は、このアパートでも収入ギリギリなんだよ!


 幻覚の女性にさえ、見栄を張った自分が少し悲しく感じた。

俺達はそのままアパートまで歩き、狭い階段を上る。

俺の部屋はアパートの二階。

「201号室」と書かれた部屋の前に立つと、カギを財布から取り出す。


ガチャ!


 俺はドアを開け、いつも通りに中へと入った。

薄暗い部屋の中。

廊下の灯りを手探りで付ける。


パチン!


 ゆっくりと蛍光灯がつき、廊下を照らした。

俺は靴を脱ぐと彼女の方を向く。

彼女は興味深そうに辺りを見渡していた。


「…部屋、汚いけど良いかな?」


「いえ、お構いなく」


 相変わらずの笑顔が眩しい。

彼女は赤いヒールを脱ぐと、小さな足をペタッと床に乗せた。

綺麗な形の素足は輝き、一つ一つの足の指が宝石の様だった。

真っ赤なワンピースをふわふわと揺らしながら、彼女は俺の隣を歩く。


ガチャ!


 俺はリビングへのドアを開き、パチン!と灯りをつけた。

すぅっと、いつもの匂いが鼻を通る。無味無臭と言ってもいい。

俺の部屋はテレビがあり、キッチン、トイレ、バスルームまで揃っている不便のない所だった。

しかし、逆に返って何もない。

ゴミで溢れているわけでもないし、お洒落な小物が置いてあるわけでもない。

そんなシンプルの見本の様な部屋に、こんな美人を連れ込んで良かったのだろうか。


「適当な所に座っててよ。お茶を入れてくるから」


「ありがとう」


 相変わらずの笑みが、やはり眩しい。

俺はキッチンに行くと、ウキウキしながらお茶を入れた。


…待てよ?


 棚からティーカップを取り出そうとした俺の手が止まった。


トマトの妖精はコーヒーを飲むのか?というか、飲めるのか!?


 存在を感じる事はできるが、悪魔でトマトだ。

端から見れば、トマトとお茶をする頭の可笑しい人になりかねない。

しかし、ソファーに座っている彼女の眠そうな表情を見ると、そんな考えが消えてしまった。


「…ちょっと苦めだけど大丈夫?」


 俺は彼女にコーヒーを渡した。


「はい、丁度眠くなってきたから欲しかったところです」


 眠そうに垂れ下がった表情も実に愛らしい。

着崩れしたワンピースも妙にムードを出し、その姿を見るだけで眠気を誘われる。

彼女は両手でカップを持ち、コーヒーをすすると、ホッとした表情をした。


「あ、くつろぎ過ぎですよね。そろそろお話してもよろしいですか?」


「いえいえ!ゆっくりくつろいでください」

 その遠慮気味な所も愛らしい。

俺は彼女の隣にゆっくりと座る。


「唐突ですみませんが…、私とお付き合いしてくれませんか?」


「え!?」


 本当に唐突過ぎて俺は目を丸くした。
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