短文B

□ささいな、ねがいごと
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多分?現パロ
お互い社会人設定
少しだけ、本当にちょっぴり朝チュン要素あります。

―――――

今日が私の誕生日だということを、彼はきっと忘れている。
社会人として、社会という窮屈で大変な世界に身を投じてから数年。お互いが別の世界で仕事をしているからか、二人っきりで会う時間が学生の時よりも確実に減った。
それでも電話やメールなどのやり取りは変わらずにしているし、会わない時間で愛を育む。という言葉を誰かが愛しそうに話した気もする。

そんなことを考えていると、電話の向こうの彼が聞いてくる。
「どうした?」なんて、低音の優しい響きが鼓膜を揺らす。
何もないですよ、と返すと「……ならいいんだが」と。
心配させたのだろうか。彼との会話で、彼が引っ掛かりを覚える不安要素が何かあっただろうか、と話しながら首をかしげる。

続く会話の中。
他愛ないお喋りが心地よいのに、視線の端に映るカレンダーの日付に意識が逸れる。
カレンダーの次に視線を誘惑したのは時計の針で、その短い針は11を指していた。後1時間で自分の誕生日が終わることを指し示すそれに、少しだけ溜め息が溢れる。
小さく吐いた息が通話口から聞こえたらしく、再び彼が会話を止める。


「……やっぱり何かあるだろ」
「いいえ?何もありませんよ?……どうして」
「溜め息と、相槌が上の空に聞こえるから」
「政宗さんの気のせいですよ」
「隠し事か?」
「貴方に隠し事なんてありませんよ、全く……」


少しだけ声音を上げて告げるも、電話口の彼に納得した様子はない。……何となくだが。
かといって「今日、私の誕生日なんです」なんて、言えるわけもなく。話したところで彼を困らせたらどうしよう、とか。呆れられたら、めんどくさがられたりしたら……など、悪く暗い事が頭と心を占める。
なら言わない方が良い。声を聞けるだけでも満点なのだ、忙しい時間を割いて作ってくれたこの電話。それで良いじゃないか。

自身の気持ちを落ち着かせ、前向きに捉える傍らで。
少しだけ、少しだけ欲張ってみても良いかもしれない。そんな気持ちがこっそり影からこちらを覗いた。

未だに釈然としていなさそうな彼に「そう言えば、」と持ち掛けた話。内容は近場で見付けたケーキ屋さんで、ケーキを数点買った時に店員さんが紅茶のティーパックをおまけとしてくれたこと、その紅茶が"当たり"で美味しく頂けたこと。
些細な事ではあるけれど、もしかしたら彼は言ってくれるかもしれない。
意図的に言って欲しく、含まれる意味は違うけれど、欲しい言葉。


「それは良かったな、〈おめでとう〉」


……聞けた。チラリと見る時計の短い針は以前11のところに、長い針は3を指していた。残り45分は余韻にでも浸そうではないか、と、心の中で呟く。
意味は違えど、その一言が嬉しく思えて仕方無い。事実、私の誕生日を知っている人からはお祝いの言葉もいくつかのプレゼントも貰った。
けれど、彼の、大切な恋人の〈おめでとう〉に勝るものはないのかもしれない。
浮わついた気持ちを潜め、言葉を綴る。


「ふふ、ありがとうございます。今度同じ紅茶を用意しますから、一緒に飲みましょう」
「それはいいな、宜しく頼む」
「はい、では」


"時間も遅いですし、また今度。お休みなさい"
そう、言おうとする声が。
途切れる。


「……」
「ああ、時間も遅くなったな、また今度」
「今日」


切れた言葉の続きを私の代わりに伝える彼に被せた言葉。
浮わついた気持ちの蓋が、少しだけズレる。


「今日、私の誕生日なんです」
「……………………………………………………は」
「それだけです、声が聞けて良かったです」
「おい」
「では、お休みなさい」
「待て」
「良い夢を」


プツリ、と切った通話。
とんでもなく面倒な事を言った自覚はある。あるが、それでも。


「……たまには、誕生日位、多めにみてもらえませんかねぇ……」


呟いた言葉は空気と共に溶けて消えた。


ささいな、ねがいごと


その後鳴り響く着信音と、出た瞬間の怒気を孕んだ声音にびくついたり。
2度目の電話の後、遠くから静かな夜を引き裂くような車のエンジン音とタイヤが近付いてくる事に気付いて。
日付が変わろうとする5分前に玄関先で、部屋着のラフな格好でコンビニスイーツが沢山入ったレジ袋を片手に「忘れてて、ごめん」「でも、遠慮しねぇで言え」「……おめでとう」と、肩を上下しながら言い募る彼を申し訳無さと嬉しさ半分半分に抱えながら、私は迎え入れる。

(迷惑かと思って)
(な訳ねぇよ。……本当に悪い、忘れてて)
(良いですよ、私も政宗さんの誕生日、忘れてみますから)
(……おい)
(にしても、沢山ありますね……時間も時間ですから明日食べますね)
(明日仕切り直す)
(良いですよ、今年はこれで、十分です)
(俺の気が済まねぇんだよ)
(え?あの、政宗さ、)


……日が変わり、夜が明けた頃。
私の会社へ朝イチに有給申請する彼と、その隣で寝息を立てている私を窓から射し込む優しい陽の光が包んでいた。


end




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思いつき突発勢い任せ文でした!
おまけ程度の後半が長かった……ついつい付けたくなるんですよ、おまけ。
全面的に荒く、誤字脱字諸々あるかと思います。すみません。

とりあえずは、ここまで読んでくださりありがとうございました^^

2020/10/10 竜道瞬華

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