ポケモン本棚
□トリック恋話
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本日最終となったバトルを終えてダブルトレインから降車してきた白いボスを、呼ぶ。
「クダリさんクダリさーん!!」
「あ、愛梨!
仕事は終わった?」
「はい、ついさっき。」
おーい、と手を振ってくれるクダリさんに小走りで近づき、本日何度目かも分からなくなった台詞を言う。
「クダリさん、Trick or treat、です!」
「やっぱり?
愛梨のことだから、来ると思ってた。
思ってたより遅かったけど。」
お菓子残ってたっけ?とポケットをあさるクダリさんに、内心ほくそ笑んだ。
今日は10月30日、今の時刻は11時05分。
ギアステーションでも1位2位を争う行事好きの私が、こんな夜遅くまでハロウィンに参加をしなかったのには理由がある。
(今日こそは、クダリさんに悪戯してやるっ!)
普段から、やれドッキリだのやれ実験だの、クダリさんに振り回されているのだ。
鮮明に思い出される、蛇のおもちゃ、びっくり箱、血糊つきのクダリさんエトセトラ。
正当な理由がつけられる今日くらい、やり返してもばちは当たるまい。
ただクダリさんも相当な行事好きの人だから、ハロウィンにお菓子を持っていないなどありえない。
だからこうして夜遅くまで待って、クダリさんが皆にお菓子をあげきるのを待ち、悪戯を仕掛けることにしたのだ。
(さすがにギアステーションの最終時間を過ぎてから、お菓子をあげることになるなんて思ってないはず。)
何をしてやろうかと頭を巡らせる。
だが、クダリさんの絶望的な一言で、私は現実に引き戻された。
「あ、あったあった。」
「・・・え。」
「ほら。
僕の好きないちごみるく。」
差し出された手の中には、確かにあるピンクの飴。
思わず顔が引きつった。
「何で持ってるんですか、こんな夜遅くに。」
「たまたま余ってた。」
「嘘ですね。」
「嘘じゃない。」
何だか、あんなに期待してた自分がバカみたいだ。
食べないの?と聞かれたので食べます!と乱暴に飴を奪い、口に放り込む。
くそ、泣きそうだ・・・泣かないけど。
「あれ、愛梨怒ってる?」
「怒ってません。」
「怒ってるよ。」
「怒ってません。
では、お菓子も貰ったし、私帰りますんで。お疲れ様でした。」
踵を返す。
むかつくから帰りにケーキ買って帰ろう。
と思った、時。
「僕に悪戯しようだなんて、10年早いんだよ・・・愛梨。」
視界に入った吊り上った口元。
白いコート。
唇に触れる、温かいもの。
・・・あれ、どうなってんの?
これってもしかして、
クダリさんとキ、キ、キ・・・?
驚きで半開きになってた口にぬるりとした何かが入ってきて、はっとする。
腕に力が入らない。
逃げようにも、後頭部と腰をしっかり掴まれており、身動きが取れない。
何やってんですかクダリさん、と言いたいのだが、全ては艶めかしい水温とくぐもった吐息に消えた。
「ぅむ、ふ・・・ぅ・・・。」
頭がくらくらする。
何だろう、この感じ。
飴より、ケーキより、何倍も甘い。
抵抗をしていた手はいつの間にかクダリさんのコートを掴んでいた。
溶けそうな意識の中で離れた唇と、ぺろりと口の端を舐めるクダリさん。
そっと耳元で囁かれる。
「本当はね、愛梨のために、お菓子残しておいたんだ。
嘘ついてごめんね?もう怒んないで?」
「・・・うぅ・・・」
「顔真っ赤。耳まで真っ赤。」
「う、煩いですっ!!」
きっと睨むが、今度はリップ音つきで軽くキスされ、またしても顔が火照る。
にっこりと笑っていたかと思えば、その瞳は何かを捕えたように、楽しげに光りだす。
「さて、愛梨。
Trick or treat。」
「・・・はい?」
「お菓子くれなきゃ悪戯するよ。
お菓子持ってる?」
ふっ、甘いですね、クダリさん。
勝ち誇った笑み。
これこそ勝者だ!!
「当たり前です。
人に貰ってばっかりで持ってなかった!っていって美味しく頂かれる、よくある話はできませんよ。ざまぁみろです!」
「・・・いいの?上司にそんなこと言って。
いや、上司じゃなくて、男の人、に。」
「脅そうったってそうはいきませんよ!
ほらここにいっぱい・・・ん?・・・あれ!?」
ポケットを探す。
ない、ない、ない!
さっきまで確かに入ってた飴やチョコが、どこにも・・・
「飴3個にチョコ2個、ラムネ5個。」
・・・あった。
クダリさんの手の中に。
「っど、どうしてそれを!
返してくださいよ!!」
「やだ。
それより愛梨、お菓子持ってないの?」
「今クダリさんが持ってるじゃないですか!」
「ん?これが愛梨のっていう証拠は?」
「うぐっ・・・」
「ねぇ、お菓子、持ってないの?
持ってないんだよね?」
その楽しそうな、意地悪な顔といったら。
こ、こんの、ks上司め・・・っ!!!
「ない・・・っ、ですよもうっ!!」
「仕方ないなぁ。じゃあ悪戯ね。」
ふわりと体が宙に浮く。
「わっ、何するんですか!」
「人に貰ってばっかりで持ってなかった!っていって美味しく頂かれる、よくある話を実践するだけだよ。」
クダリさんは私をお姫様抱っこしたまま、近くにある休憩室に向かう。
「え・・・、それってまさか、」
「愛梨。」
「ははははいっっ何でしょうっ!」
「好き。」
「・・・へ。」
それは、夜遅く、今日という日に似合わない白の車掌と駅員の、甘くて長い夜のお話。
トリック恋話
(それは魔女の魔法か、黒猫の悪戯か。)
(それは蝙蝠の羽ばたきか、ジャック・オ・ランタンの予言か。)