ポケモン本棚
□ファンタジック赤ずきん
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じり、じり。
後ずさりながら、ふと思い出す。
あぁそうだ・・・熊に襲われた時は、目を逸らさずに静かに後ろに下がるんだっけ・・・。
もしそれが正しい対処法なのだとしたら、それは人間にも言えるだろうか。
やけに冷静な脳に驚きつつ、一歩、一歩、逃げるように下がっていく。
コツ、コツ、コツ。
熊はこんな高らかに歩きはしない。
当たり前だ・・・人間なのだから。
というか、なぜ私は逃げているのかと言われれば。
今日は私の夜勤当番で、いるはずのないノボリさんが何故かいて、無表情で迫ってくるからであるからして、えーっと。
その時、とん、と。
背中に固いものが触れた。
(あ、壁・・・)
バサッとコートが翻る音と、消えた足音。
まずいと思ったその時には、もう逃げ場はなかった。
顔の横に突かれたたくましい腕。
黒いコートに揺れるネクタイ。
いつも身近にいた、こっそり恋心を抱いている私の上司の顔が目の前に。
全ての神経と胸の高鳴りが、これが夢ではないことを告げている。
熱くなる体、よく分からない期待、何が起こるのかという不安。
「ノボリ、さ・・・」
「怖いですか。」
無表情で問われる。
一瞬何のことか分からなかったが、動かない脳をフル回転させ、ゆっくりと理解して答える。
「怖くは、ない、です。」
「・・・なぜですか。」
愛梨は今、この誰もいないホームで、私と壁に挟まれているのですよ。
そう言われ、思わず顔をそらした。
そんなこと、言われなくても分かってる。
「分かんないです・・・。」
それしか答えられなかった。
だって、本当に理由なんてわからないんだから。
「・・・そうですか。」
ノボリさんは、まるで独り言のように言った。
「愛梨はさき程こう仰いました・・・。
『ノボリさんは、赤ずきんに出てくる狼だと思います』と。」
記憶の糸をたどると、あぁそうだ、確かに昼、そんな話をした。
全自動システムのトレインの運転手というのは、あまりにも暇だった。
そのため、挑戦者が来ない間、よくノボリと話をして暇をつぶす。
いつもその時間は幸せで、でもミスをしないよう必死で。
ノボリさんの事が分かる、声が聞ける、それだけで楽しかった。
今日も例外ではなく、ぽつぽつと会話を交わした。
そして色々話をしてる途中に、童話の話があがったのだ。
「クダリさんは7人の小人の中にいそうですよね。」
「分かる気がいたします。
クダリは社交的ですからね。」
その人のイメージに合わせて役を考えていると、気になることが一つ。
「ノボリさん、私って何だと思います?」
本当に気まぐれに思ったことで、大して大きな意味はなかったのだが。
ノボリは珍しく微かに微笑みながら、こう言ってのけたのだ。
「愛梨は一応女性ですが、シンデレラや人魚姫などには程遠い。
一人だとか弱いところを見ると・・・赤ずきんではないですか?」
かちん、ときた。
一応女性。
一人だとか弱い。
言ってくれるじゃないかこの上司が!!
その言葉に、少なからずショックを受けたのもまた事実。
それで、たっぷりの皮肉を混ぜて、こう返したのだ。
「私が赤ずきんなら、ノボリさんは結局最後には欲しいものが手に入らない残念な狼君だと思います。」
そう、だから。
最後の最後には、他のものをあきらめて、赤ずきんを欲しがればいい。
そんな有りもしないことを思いながら。
「私は、狼ではありません。」
「あのことを怒ってるんですか?」
随分と小さい男だ。
ほんの冗談だったのに。
「違いますよ。ただ・・・」
一体何だというのか。
「欲しいものを、いただこうかと。」
「・・・欲しいもの?」
「はい。
狼は、結局欲しいものが手に入らないのでしょう?
私は欲しいと思ったものはできる限り手に入れます。
それを証明すれば、本当に私が狼ではないと言えますから。」
・・・ドS?
いつものキャラとは違う発言に、少し驚く。
「ノボリさんのキャラじゃない発言ですね。」
「そう思われますか?」
「えぇ。」
即答してやれば、ノボリさんは一つため息をついた。
何かを迷っているようだったが、うー、あー、と小さく唸り、意を決したように私と目を合わせる。
「これが、本当の私にございます。」
「・・・え。」
「私は、最後の最後で取り逃がしたりはいたしません。
それが赤ずきんであっても、同じことです。」
「赤ずきん?」
「・・・私は、赤ずきんが、その、欲しいのでございます。」
顔に熱が集中する。
赤ずきんというのは、つまり、その、えっと。
「もう1度言います。
私は最後まで手放したりは致しません。
ですから・・・」
ノボリさんは、ぐっと顔を寄せて、耳元で言った。
「大人しく、私に捕まって下さいまし。」
ちらりと横を向けば、ノボリさんはほのかに赤くなっていて。
「・・・ちゃんと言ってくださいよ。」
ノボリさんは狼じゃないんでしょう?
なら、ノボリさんの言葉で伝えてください。
そう悪あがいてみれば。
あなたって人は・・・そう言いながらも告げられる彼の言葉が、何と愛しいことか。
「・・・お慕いしております。
私とお付き合いしていただけますか、愛梨。」
「その方がノボリさんぽくって、好きです。」
狼は、恥ずかし紛れだろうか、赤ずきんを痛いくらいに抱きしめた。
耳まで赤い赤ずきんは、狼の腕の中、小さく
「大好き。」
と呟いて、微笑んだ。
ファンタジック赤ずきん
(でも迫ってくるときのノボリさんの目、確実に狼でしたよ。)
(男はみんな狼ですので。私も例外ではありませんのでご覚悟くださいまし。)
(え、話が違いません?)