ポケモン本棚
□200mlのイイ女
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名前変換はこちらより。
「♪♪♪〜♪〜♪」
鼻歌混じりに駅のホームを歩くのは、片手にかわいらしい紙袋をいくつも持った、クダリである。
反対ではスティックキャンディーを3本指に挟み。
手作りだろうカップケーキやチョコの箱やら、11月11日に食べるアレやら、たけのこ型のソレやらの山を、
器用にバランスよく持っている。
終電も出てバトルトレインも止まった。
車両の点検もしたし、後は帰る準備をして帰るだけだ。
もうそろそろ片割れの仕事も終る頃だろうから、一緒に帰ろう。
コツコツと響く自分の足音。
ふと、そこに別のリズムが混ざる。
(ん?ノボリかな。)
だが、階段を下りてきたのは愛梨だった。
「愛梨!」
手を振ろうと腕を上げると、手に乗っけていたピンクの箱が落ちた。
拾おうとしゃがんで手を伸ばすも、それは先に他の手に拾われ、大丈夫ですか?と差し出される。
いつも見下ろす愛梨の顔が、今は僕より上にある。
とん、と箱がお菓子の山に乗せられた。
「お疲れ様です、クダリさん。」
「うん。愛梨も。」
よいしょ、とお菓子を持ち直すと、愛梨はその山をちらっと見て、困ったように微笑んだ。
あ、笑ってくれた。
でも僕は、高鳴る胸を押さえて、何でもないような普通な振る舞いをする。
「今日も凄い量ですね。」
「まぁね。
お正月終わって1週間くらいは、いつもこう。
ことしもよろしくお願いしますって言って、女の子たちが色んなお菓子くれる。
愛梨にもあげるよ。」
どれがいい?と聞くと、じゃあたけのこで、と返される。
ふーん・・・他の女の子から貰ったものなのに、妬いてくれたりしないんだ。
そんな僕の想いなんて気づきもしないで、愛梨はお菓子を受け取る。
「お正月からコレだと、バレンタインが思いやられますね。
きっと今年も大変なことになりますよ。」
「でも、いっぱいお菓子貰える。嬉しいよ。」
「手作りでも市販のでも?」
「うん。」
「そうですか。」
愛梨が僅かに笑った。
僕も笑った。
きれいな細い人差し指が、つん、と僕のおでこにつけられる。
そして愛梨は悪戯でもするかのように目を細め、言った。
「で、本当は?」
「新年早々僕に気に入られようと必死になってるのが見え見え。
他の子より先にスタート切ろうとでも思ってるんじゃない?
ありがたいけど、暇な人たちだなぁって思う。」
これは、僕の本心の言葉である。
あけましておめでとうございます。これ、よければどうぞ。
クダリさんこれあげます!今年もお仕事頑張ってくださいね!
あの・・・よかったら、食べてください。今年も仲良くしてほしい人に、その、作ったんです。
今年もよろしくお願いします。
どんな子が来たって、返すのは笑顔とありがとう。
いつもの笑顔とそう大差ないのに、僕に喜んでもらえたと思うのか、女の子たちは顔を赤らめたりはしゃいだりする。
そういうのを見ると「この子も僕の顔しか見てないんだなぁ」と感じる。
基本的に笑っている顔のため、笑顔が苦痛になることはない。
だが、嬉しくも楽しくもないのに笑う、というのは、あまり気持ちのいいことではないのが事実だ。
静かにため息をつく。
そんな僕を、愛梨は満足そうに見ていた。
いつの頃だったろうか。
愛梨がここで働き始めて、女性駅員という珍しさから、よく話しかけていた。
愛梨は素直だった。
あまりにも自然体だった。
そして、いつの間にか仲良くなっていた愛梨は、いつの間にか僕の「本心」に気づいていたんだ。
最初に「本心は?」と聞かれた時は驚いて、勿論何でもないようなフリをしたが、愛梨には通じなかった。
「何で隠す必要があるんですか。
一緒に働いてる仕事仲間の前でくらい、本当のクダリさんでいて何が悪いんです?」
愛梨の周りの空気全てが自然体で、全てをさらけ出しているように感じた。
隠すものなどない。
必要もない。
愛梨の空気に、愛梨自身に、凄く安心した。
そして気づいた時は、本心の言葉がこぼれた後だった。
「誰にも言わないでね」なんていう乙女の駆け引きなどなく。
至って自然に、僕が、僕自身の心を口にした。
愛梨はふわりと嬉しそうに微笑んで、
「それでいいんです。」
と言うだけだった。
それ以来、時々愛梨は僕に同じ質問を投げかけるようになり、僕も双子の相棒と愛梨の前でだけは本心を答えている。
嘘なんて言ってもすぐにばれるし、何より僕が本心を述べた後、愛梨はいつも満足そうに嬉しそうに笑ってくれる。
その笑顔が見たいんだ。
「サブウェイマスターも大変ですね。
みんなに好かれてなくちゃいけないし。」
本当は他の子なんてどうでもいい。
君さえ僕を好きになってくれれば、それでいい。
もし君が手に入るのなら、僕はこんなお菓子なんてすぐに放り投げるだろう。
愛梨は僕をどう思っているのかな。
人には本音を言わせといて、自分の本心は悟らせないのが愛梨だ。
もっとチョコみたいに甘く、アイスクリームみたいに溶けて、僕に甘えてくれればいいのに。
「・・・クダリさん?」
「ん、何?」
「新年から悩み事はよくないですよ。」
よく言うよ。
愛梨のせいだし、なんて、言えるはずもない。
「・・・何か元気でない。」
「うーん・・・じゃあ、明日からも前向きにお仕事頑張れるように、これあげましょう。」
愛梨はポケットに手を入れ取り出したそれを紙袋の中の一つに入れる。
覗き込むと、それはブラックの缶コーヒーだった。
「どっちみちクダリさんにあげようと思ってさっき買ったんですけどね。
あ、クダリさんってブラックコーヒー飲めますか。」
「・・・飲めるよ。」
僕は少し驚いていた。
僕が甘いもの好きなのは結構有名らしく、だからこうして甘いお菓子がたくさん届けられるのだ。
それは愛梨も知っていたはず。
カフェオレでもなく、コーヒー牛乳でもなく、ブラックコーヒーを貰ったのは、初めてだ。
そんな心境を察してか、愛梨が僕に聞く。
「何でブラックなのか気になります?」
「気になる!どうして?」
「ふふ、それはですね・・・。」
愛梨の顔が耳元に近づく。
ドクンと心臓が大きく跳ねた。
「 」
あぁ。
僕が甘いもの好きだって知っていても、稀に作ってきてくれるお菓子は甘さ控えめで。
少女のように明るく元気な訳ではない。
大人の女みたいに色っぽい訳でもない。
ちょっと奥手で、自ら人前に出て行ったりはしない普通の駅員。
でも僕は、綿菓子のような優しい笑顔と、
自分を高くも低くも見せない自然体な性格と、
顔じゃない・・・僕の本当の心の中を見てくれる君に、
惚れたんだ。
離れていく君の残り香は、どんなお菓子よりも甘かった。
200mlのイイ女
(「いくら甘いもの好きだって、あんまり甘いものばかりだと苦いものも欲しくなるでしょう?)
(それに、糖分の取り過ぎでクダリさんが病気になっちゃったら嫌ですから。」)