ポケモン本棚

□夢と現実の狭間
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駅のホームを歩いていた、ある日の午後。

ピーと笛を鳴らし、シングルトレインの停車を確認。

ぞろぞろと降りてくる乗客を見送りつつ、忘れ物などの確認を終えて列車を降りたノボリさんに声をかける。

「お疲れ様ですー。」

「あぁ、愛梨ですか。」

ビクッ

待て待て何この緊張感。

ノボリさんの無表情が確実に歪んで見える。

気のせいか?いや間違いない。

「丁度いいですね、あなたに頼みましょう。
私これからスーパーシングルですので、代わりに愚弟を叩き起こしてきてくださいませんか。」

あぁ怖い、真っ黒なオーラが見えますノボリさん・・・。

あたし悪いことしてないのに、何か謝りたくなってくるじゃないですかっ!!

「ぐ、愚弟?クダリさんですか?」

「おそらく仮眠室です。
ボコボコにしてくれて構いませんので。
ではよろしくお願いします。」

いつも相手を気遣う紳士なノボリさんが、返答を待たず即決で行ってしまった。

くるりと踵を返して歩く様はいつも通りだが、いかんせんオーラと表情にビビってお客さんが逃げてしまっている。

本人は気付いてないのか・・・まぁ知らない方がいいこともあるし。

ノボリさんを見て泣き出した女の子を、キャメロンさんが必死に慰めている。

おつかれキャメロンさん頑張って。

そんな目でこっち見ても助けてあげないよ・・・だってこの前あたしのプリッツ勝手に食べたもんね、ざまぁ。

キャメロンさんの叫びを聞きながら、仮眠室へと向かう。

にしても・・・随分と厄介な仕事を押し付けられてしまったものだ。

サボり魔クダリさんを起こすのにはそれなりの技術と根気が必要で、経験者でないとなかなか手こずる。

ちなみに私は中級者。

日によって結果は変わってくる。

さっさと起きてくれるといいのだが・・・。






仮眠室の2番目の部屋で、クダリさんはばっちり就寝中だった。

ちゃっかりコートがハンガーにかけてある。

慣れとは恐ろしい。

「クダリさーん。」

布団をはがすと、クダリさんはワイシャツのくせにピクリともしない。

寒くないのか。

「起きてくださーい。」

頬をつつく。

クダリさんが唸った。

よし、掴みはOK。

「お仕事ですよー。」

ゆさゆさ。

体を揺らせば、クダリさんは膝を抱えて丸まった。

やはり寒いものは寒いようだ。

それに、今日は結構調子がいい。

この感じならもう少しで起きるはずだ!!

「デコピンしますよー。」

「んー」

「私結構デコピン上手いんで痛いと思いますよー。」

「んー?」

「唸ってないで起きてください。」

「愛梨。」

名前を呼ばれた。

起きたのかと顔を覗き込むが、瞼は閉じられたままだ。

「ふふ、愛梨ー。」

今度は楽しそうに笑う。

寝言?

いったいどんな夢を見ているのだろう。

「愛梨・・・結婚、好き。」

結婚好き?

私が浮気するとでも言いたいのか。

「生憎ですけど、私、結婚どころか彼氏いませんから。」

寝言とはいえ、ちょっと言い返してみる。

ぴくりとクダリさんの口元が動いた。

さっぱり分からない。

が、クダリさんの顔はとても楽しそうで幸せそう。

名前を呼ばれるのは何だかくすぐったいが、段々面白くなってきた。

何か、起こすのかわいそうかも。

きっと素敵な夢を見てるんだろうな。

何だか私まで眠くなってきた。

・・・いいや、ノボリさんは今スーパーシングルだし。

15分くらい寝てやろう。

このサボりさんに比べたら、15分くらいどうってことはない。

「クダリさん、どんな夢見てるんですか?」

私もその楽しそうな夢に入れてほしいです・・・。

呟いてるうちに、瞼がどんどん閉じてきて。

抵抗することもなく、そのまま目を閉じた。

消え行く意識の中に、

「愛梨との未来なんだけどなぁ。」

そんな言葉を聞きながら。




「・・・寝ちゃった。」

愛梨、フリーなんだ。

いい事聞いた。

「でも君って本当に鈍感。」

「あなたが遠回しすぎるのでは?」

扉の向こうの声は、双子の片割れ。

初めからノボリには気付いていたし、気付かれていることもノボリは分かってるだろう。

「・・・後10分でマルチです。
愛梨を起こさないように。」

「分かってる。」

僕はそっとベッドを降り、愛梨を寝かせた。

「ねぇ、僕の夢、現実にしてあげるよ。
そしたら愛梨も一緒に楽しめるから。」

笑顔で告げれば。

何も知らないはずの顔が、ふにゃりと微笑んだ。









夢と現実の狭間
(「愛梨を狙っているのは、あなただけではないかもしれませんよ。」)
(「別にいい。夢の番人はやっつける。」)
(「意味が分かりません。」)

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