ぬらりひょんの孫 本棚

□恋敵
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鳥の囀り。

今日も静かに、本家に静かな朝がやってくる。

・・・訳もなく。

ツルッ、ステーン、ドッシャァーーンッ!!

「おーい雪女ー?また転んだのー!?」

本家に住む者からすれば、これは日常茶飯事の光景。

だが捩眼山で静かに暮らす二人には、どうにもこうにも慣れる事ができずにいた。

「どうして本家ってこんなに元気なんだろうね。」

「けっ。うるせーったらありゃしねぇ。」

するとその時、いつもは聞かない音が本家全体に響き渡った。

何かが倒れた音と、周りの叫び声。

どうせ誰かがドジったんだろうと思いつつ、気になった二人も見に行ってみる。

そこには、荒く息を吐いて倒れている雪女がいた。

毛倡妓が自分と雪女の額に手を当て、首を傾げる。

「おかしいわねぇ。温度差無いわよ?」

いや、と黒田坊が口を挟む。

「雪女なんだから、差が無いのは変だろう。発熱だな、これは。」

雪女が発熱。

その珍しさに、ざわつきがまた大きくなる。

「困ったな。」

リクオがひょいっと雪女を抱き上げた。

雪女が驚いて身を固くする。

「僕は学校だし、青田坊、黒田坊、毛倡妓、河童、首無はそのお供だろ?鴉天狗もついて来るだろうし・・・。」

ふぅ、とため息を付く。

「三羽鴉はパトロールで、鴆は薬草取りに行ってるか。」

すると雪女が咳き混じりに答えた。

「私はゴホッ大丈夫でゴホッよ、若・・・ゴホンッ!!」

説得力が無さ過ぎる。

「誰か・・・あ!」

リクオと牛頭丸、馬頭丸の目が合った。

二人は顔を見合わせる。

リクオはつかつかと二人に歩み寄り、目を輝かせて言った。

「見ててくれるよね、雪女の事!」

「はぁ!?何で俺らが雪んこの面倒なんざ見なきゃなんねーんだよ。」

「リクオ様ッ!?何をおっしゃゴホッゴホッゴホッ!!」

「頼むよ二人共。他にいないんだよ〜〜。」

雪女がポコポコとリクオの胸を叩くが、完全無視。

「あっ、ほら。僕もう行かなきゃ。じゃあ頼むよ、二人共!」

雪女を牛頭丸の腕に収まらせて、リクオは走って行ってしまった。

それを合図に周りも散って行き、結果的に三人になってしまった。

・・・どうしろと。

すると雪女が牛頭丸の腕を抜け、壁伝いにヨタヨタと歩き出す。

「何処行くんだよ。」

「部屋・・・よ。リクオ様はゴホッ・・・あー言ってたけど、大丈ゴホッなんだから。」

それに、と立ち止まって呟く。

「私の事嫌いなんだから、引き受けなきゃよかったのに。」

また歩き出す。

引き受けたのではなくて、押し付けられたのだが・・・。

「牛頭、行かないの?」

「何で俺が行かなきゃなんねーんだ。」

「だって牛頭って、雪女の事好きなんでしょ?」

「はぁ?」

「会えばからかう、それ以外は常に視線が雪女。これって絶対だと思ってたんだけど。」

「んな訳ねーだろ。雪んこだぜ、雪んこ!」

「ふぅん。でもさ、雪女って可愛いよね。」

「!?」

「そっか。牛頭は好きじゃないんだ・・・。」

少し考えてから、馬頭丸は意味深な言葉を言い放った。

「なら、僕がもらっていいかな?雪女ーーーーッ!」

ドタドタと走って行き、雪女を抱き上げる。

「ひゃぁっ!?」

「部屋、何処ー?」

「あ、だかゴホッ大丈夫だって言ってゴホッ。」

「いいから、いいから。」

そのまま歩いて行って、二人は消えた。

一人残された牛頭丸。

「まさか馬頭の奴・・・雪んこを・・・!?」



午前が終わった。

牛頭丸はいつもの木の上、馬頭丸は雪女の部屋の外。

ここから見ていると分かるが、馬頭丸はとてもよく働いていた。

定期的に襖を開けて声をかけ、雪女が立ち上がる前にそれを封じ、目的を聞く。

目的を聞いてからやり終わるまでが15秒弱。

記録的な早さだ。

水をこぼしそうになりながら運ぶ姿は何処か楽しそうで、何かを企んでいたり
する顔ではなかった。

それはつまり・・・

「本気」ということで。

「だって牛頭って、雪女の事好きなんでしょ?」という馬頭丸の言葉が頭に浮かぶ。

「チッ。」

小さく舌打ちして、牛頭丸は何処かへと出かけて行った。


一方馬頭丸はというと、ささやかな幸せに浸っていた。

眠る雪女。

別名眠り姫。

その美しい顔を見てみたいと何度思ったことか。

それに今まで、自分は雪女に嫌われていると思っていた。

だが、そうでもなかったらしい。

少なくとも今回の態度からは感じなかった。

嬉しすぎる。

天にも昇る気分だ。

ふと、庭の枝垂れ桜が目に留まる。

さっきまでいた相棒がいなくなっていた。

折角の雪女との接近チャンスだというのに、一体何処に行っているのだろうか。

牛頭丸は否定していたが、絶対に牛頭丸は雪女の事が好きだ。

でなければあんなに熱い視線をぶつけている理由が無い。

火を見るよりも明らかである。

「さっさと認めればいいのになー。」

徐に呟く。

敵にはなるが、それはそれで悪くない、と馬頭丸は思っていた。

自分達は今までずっと一緒に生きてきた。

一度くらい張り合ってみるのも面白いだろう。

微笑を浮かべ、空を見上げた。

そう、今までずっと一緒だったのだ。

だから馬頭丸には、牛頭丸が今何処にいるのか、大体の見当がついていた。

そして、ゆっくりと動き始めている彼の感情にも。

「僕も負けないからね、牛頭。」

熱冷まし用の氷を交換するため、馬頭丸はその場を立った。



夕食時、気配も無くして牛頭丸が席を立つ。

そのままスタスタと廊下を通り、着いたのは雪女の部屋の前。

襖を開けると、雪女は起きていたようで、

「あぁ・・・ゴホッ、馬頭丸、もういいわよ・・・。」

と言いながらこっちを向いた。

雪女は一瞬驚いたように目を丸くしたが、またとろんとした目に戻って微笑を浮かべた。

「あら・・・牛頭・・・丸?残念だったわね。もう直ってゴホッ来てるから、それゴホッりに対抗するわよ・・・ゴホンッ。」

強がっているのが見え見えだった。

言葉を無視し、枕元に持ってきた物を置く。

それは、淡い紅色の湯飲みに入った、ピンク色の花。

とても可愛い。

どうして、と聞こうとすると、

「別に俺は、お前の事嫌いじゃねーよ。」

「!!」

真っ直ぐな瞳だった。

言って立ち去ろうとする牛頭丸に、慌てて声をかける。

「えと・・・あり、がと。」

すると一度立ち止まり、背中を向けたまま、

「早く直せ。」

と言ってから、部屋を出て行った。

出て目に入ったのは、壁に寄り掛かる馬頭丸。

「やっぱりね。捩眼山の地桜花・・・でしょ?」

「お見通し、か。」

「勿論。」

微笑を交わす。

「遠慮はしないよ。」

「あぁ。受けて立つぜ。」

ガチ、と拳を合わせる。

そんな二人を、夜の月明かりが明るく照らし出していた。





恋敵
(「ま、牛頭には勝てるだろうけど。」)
(「何だと!?」)

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