ぬらりひょんの孫 本棚

□甘い風邪薬
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「・・・ップシッ。」

牛頭丸はズズ、と鼻をすすった。

慣れない場所での気候の変化で、風邪でも引いてしまったのだろうか。

「捩眼山ならこんな気候変化、見抜けたものを・・・。」

軽く舌打ちをして、羽織をもう一枚取って来ようと廊下を歩く。

台所に差し掛かかった。

バシャ。

熱いものが体にかかる。

そこまで驚きもしないのは、さすが牛鬼組若頭と言ったところだろう。

視線を自分の袖に向ける。

かかった液体で、袖はじっとりと濡れていく最中だった。

「あっ・・・。」

「・・・。」

見るとそこには、少し青ざめた顔をした雪女がいた。

「またお前か。ったく何しやが」

「何処見て歩いてるのよ!溢しちゃったじゃない!」

遮られて、叫ばれた。

温度を持った羽織が肌に張り付く。

「はぁ!?ぶつかって来たのはてめぇだろーが!」

「私は扉を開けただけよ!」

あぁ言えばこう言う。

「本当に可愛くねぇなぁ、お前。」

そう言った時、雪女が視界から消えた。

驚いて消えた方を見ると、ふるふると震えながら蹲っている。

片手でもう一方の手首を強く握り締め、顔を歪めていた。

「おい、どうかしたか。・・・!?」

雪女の白い手が、赤黒い。

ジュウジュウと重い音を立てるそれは、紛れも無く火傷だった。

「お前、その手・・・!」

雪女は苦痛そうに顔を上げ、ポロリと一粒の涙を垂らした。

その瞬間、牛頭丸が雪女を抱きかかえた。

「・・・ッするっ・・・。」

「黙っとけ。」

荒々しく戸を開き、冷蔵庫から氷を山の様に出してくる。

そしてそれを近くの桶に放り込み、降ろした雪女の手を突っ込んだ。

ジュッ、と音がし、雪女の熱をゆっくりと取っていく。

一瞬顔を歪めた雪女も、大人しく座っていた。

「・・・ったく。」

呆れた顔、ほっとした顔を半分ずつ混ぜた顔で牛頭丸が言った。

「雪女が火傷なんて、致命的だろ。馬鹿が。」

「・・・悪かった、わね。」

その途端、じわりと潤んだ雪女の瞳から、2粒目の涙が垂れる。

「ち、違うわよっ。これはこの水蒸気が凍って・・・。」

あたふたと動揺するが、言い訳になっていなかった。

牛頭丸は垂れ続ける涙にそっと親指をかけ、ぐっと拭う。

「泣いてんじゃねーよ。」

「・・・泣いてなんか・・・」

「じゃあな。」

牛頭丸はそうとだけ告げ、台所を出て行った。



その夜。

珍しく縁側に座っていた牛頭丸に、雪女が声を掛けた。

「・・・んだよ。」

不機嫌な返事。

「隣、いいかしら。」

いつもなら問答無用で会戦するのだが、今日は雪女も黙っていた。

しばらくお互い何かを言うこともなく、ただじっと月を見つめる。

先に口を開いたのは、牛頭丸だった。

「手、直ったのか。」

こっちも見ずに言う。

「えぇ。」

「弱ぇからあんだけで死ぬと思ったんだがな。」

「火傷くらいで死ぬ私じゃないわよ。」

そして少し言いづらそうに、雪女が言った。

「・・・あの時、ありがとう。」

「・・・。」

牛頭丸は何も答えなかった。

それを見て、雪女は少し寂しげな笑みを浮かべる。

「・・・風邪、引かないようにね。」

そう言って去って行った。

しばらくそのまま月を見ていたが、馬頭丸の高らかな声が聞こえ、立ち上がる。

すると、そこには一つ、マグカップが置いてあった。

お盆に置かれ、まだ湯気が立っているそれは、さっきまでは無かったものだ。

「あいつが置いてったのか。」

手に取り、口に含んでみる。

すると、体中に優しい温かさが広がる。

「・・・すっぺ・・・。」

だが、酸味が強く、軽く喉に引っかかった。

「ここにいたの、牛頭丸。」

すると、馬頭丸が向こうから歩み寄って来た。

マグカップを覗き込み、目を輝かせる。

「あ、レモネードだ。いいなぁ。」

「れもねーど?」

「知らないの?風邪にいいんだよ。しかも美味しいし。」

「・・・風邪に、か。」

まじまじと中の液体を見つめる。

そしてフッと、小さな笑みを浮かべた。

「僕にも頂戴。」

「誰がやるか。」

「えぇぇ〜〜・・・。」

もう一度口に含む。

するとそれは、さっきより少し甘くなったような気がした。





甘い風邪薬
(すれ違いざまに伝えたお礼は、さらに甘く。)

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