ぬらりひょんの孫 本棚

□捩眼山恋物語
1ページ/4ページ

泳魚



捩眼山にある小さな滝壺。

「本当にもう、何で私が捩眼山になんか・・・」

そこに、ブツブツと文句を言いながら釣り糸を垂らす雪女がいた。

リクオの命令なのだから、とりあえず任務は果たさなければならない。

料理当番、だ。

今はその食材を手に入れるため、一時間ほど前から粘っているのだが・・・。

上手いこと魚は引っかかってくれず、報酬は0。

やっぱりお手製じゃ釣れないのかしら。

本来なら釣竿があるんだろうが、残念ながら、今の雪女にはその場所が分からなかった。

でも釣竿が無ければ釣りはできない。

だから、作ったのだ。

まさに見よう見真似で。

落ちていた竹に凧糸をくくり付け、針金を曲げて付ける。

見た目は悪くないと思うのだが、やはり見よう見真似らしい。

「あーあ、どうしましょうね・・・。」

ため息を一つ。

すると、上から不機嫌な声がした。

「おい、雪んこ。」

見ると、それは案の定牛頭丸。

「何してんだ。」

「何って、見れば分かるでしょ。釣りよ、釣り。」

釣竿を軽く振る。

すると牛頭丸がすぐ傍に下りてきて、パシリと釣竿を奪い取った。

「あっ、何すんのよ!」

取り返そうと暴れるが、いとも簡単にかわされてしまう。

「・・・。」

牛頭丸はジロジロとお手製釣竿を見回す。

そして、呆れたような顔を浮かべた。

「・・・お前、こんなんで釣れると思ってんのか?」

ば、馬鹿にされた。

かぁぁっと顔が熱くなる。

「しょうがないじゃない!釣竿何処にあるか分からなかったんだから!」

だが牛頭丸は冷静に答えた。

「そりゃあ無いだろうな。牛鬼組に釣竿なんざ。」

「え?」

・・・まさか、元々無かったというのか。

「釣り・・・ねぇ。」

フッと鼻で笑う。

雪女の顔はみるみるうちに赤くなり、反発する威力さえ無くなっていた。

あぁ、恥ずかしい。

一人でドタバタと建物を走り回った時の様子が目に浮かぶ。

でも釣りでは無いなら、どうやって魚を取るというのだろう。

「ねぇ、・・・」

聞こうとして後ろを向く。

そして、硬直してしまった。

目の前には、何故か上半身裸の牛頭丸。

首を軽く横に振っている。

そして脱いだ紅い羽織を雪女に投げつけ、

ドッボォーーーーンッッ!!

と、勢い良く滝壺に飛び込んだ。

水しぶきが飛んできて、思わず片手をかざす。

「ちょっとっ!」

牛頭丸が勢いよく顔を出す。

「濡れちゃうじゃない!それに、あんた何やってんのよ!」

「魚取んだろ。何匹いるんだよ。」

突然の事に戸惑い、思わず素直に答えてしまう。

「え・・・さ、三匹よ。牛鬼様と馬頭丸と、それから貴方の。」

「お前のがねーじゃねぇか。」

「私?私はただの料理当番なのよ?他の皆が食べない限り、食べたりはしないわ。」

「・・・分かった。それ畳んどけ。」

自身の羽織を指差す。

そして一度息を吸い、また水中に潜って行ってしまった。

「な、何なの・・・。」

まさかの裸と羽織から匂う牛頭丸の匂いで、雪女の頭は完全に混乱しつつあった。

落ち着くように深呼吸をしてさらに匂いを吸い、もう何が何だかよく分からなくなっている。

とりあえず、牛頭丸が魚を取って来てくれる・・・という事なのだろう。

牛頭丸は何回か、顔を水面に出しては潜る、出しては潜るを繰り返していた。

そして雪女の混乱が解け始めた頃、また顔を出し、雪女が持ってきたボールに何かを突っ込む。

中には銀色の魚が三匹、悠々と泳いでいた。

「とりあえずだ。」

「あら、丁度。取ってきてくれたの?」

「そんなんで釣ってたら一生かかるからな。」

「・・・まぁいいわ。ありがとね。」

すると牛頭丸は、また泳いで行ってしまった。

「上がらないの?」

聞くと、牛頭丸が水中を見つめたまま言った。

「もう一匹いるだろ。」

「いいえ。もう三匹いるわよ?」

「お前の分がねーだろっつってんだ。」

「・・・私の分?」

「作ったやつが自分の作った物食えねぇなんて、変だろ。」

そう言って、また潜って行ってしまった。

そんな風に言われたのは、初めての事だ。

今までずっと料理を作ってきたが、一度も言われたことがない。

「・・・何だか不思議な気分ね。」

ボールで泳ぐ魚を見、水中にいるあいつを見、やけに脈打つ自身の胸を見。

すぐに牛頭丸は魚を握って戻り、ボールの中の魚は四匹になった。

近くの岩に腰掛け、雪女を追い返すように手を振る。

「ほら、さっさと帰って飯を作れ。俺は腹が減ってんだ。」

いつもならば言い返していただろう。

だが今日はそんな気にならず、

「分かったわよ。」

と言って素直にその場を離れた。

今日はもう一品、おかずでも増やそうかしら。
          END
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ