マスター

□長兄と魔具屋
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よくも悪くも、平和だな


誠十郎はつん、と、緑の鮮やかな菜の花の和え物をつつきながら心の中で独りごちる

視線の先では、ハルシオンが壮一の手料理をこれでもかと幸せそうな笑顔で食べている。
その気持ちは、まあ誠十郎にだって分かる。

「(確かに兄貴の飯はうまい・・・だがしかし)」

だがしかし、である。
それをみる壮一の顔がまるで恋する乙女のようにみえるのは気のせいなのか。

「うん、美味しい!壮一のごはんは世界一だね」
「大袈裟だろ///」


立場が逆ではないか、とか、兄の乙女な部分をみることになるのが複雑というか
突っ込みどころはいろいろあるが、今言うべきことは一つである



「(なんでハルって男なんだろ...いやもう、男でもいいから何でこの二人って結婚してねえのか誰か教えてほしい・・・)」


そう、この二人、先ほどから新婚夫婦のようなやり取りを交わしていながら、関係は幼なじみ、の一言なのである。
ハルシオンは今、カフェの真横に工房を構えて、その場所に住所を登録してはいるが、寝泊まり意外はほとんど桜家で過ごしている。
もはや住んでいるといっても過言ではない。

「まだいるか?」
「うん、いただきます」

この二人の関係性をただの幼なじみというには、あまりにも深い気がして何か違う、と思ってしまう
誠十郎とて、ハルシオンが別に、自分の兄に欲情しているなどとは思っていない
恋している、というのも違う
崇拝している?そういう感情が欠片もないといったら恐らく嘘になるだろう。
しかしハルシオンは、普通に壮一と喧嘩だってするし、叱ったりもする
だけど、誠十郎はいつも思うのだ。
ハルシオンにとって、やはり壮一は一等トクベツな存在なのだと









「壮兄…なんだそれ。今日の討伐は凶悪化したゴブリンだろ」
「いや…ええと、そーなんだけどな」

次男は約束の場に現れた長兄をみて、すぐさま突っ込みを入れた
いつも通りハルシオンが魔防の紋様を描いた黒い服を着ているのはいい
今回の討伐、現地に行くまでに魔法力の高い雷鬣鳥が現れるからだ

しかし、耳のカフスは雷防特化の魔具、、足のアンクレットはアクアマリンがはめ込まれ、水の妖精の加護付き+風の紋様の描かれた金の加速ブースト
腰から下を覆うスカートも、希少なアンツィイという飛翔植物の綿で編み込まれていて、ある程度の高所から飛び降りても衝撃を和らげてくれる


そこまで必要かと思う代物が、これでもかという程壮一を飾っている

「ハルが…」
「あー…そういや朝弁当届けに行くっつってたな」

しかし、兄にしては珍しくどもりながら出た名前に、すべての疑問が霧散した

「一ヶ月もオレたちをほっといたんたから、説教のひとつでもするつもりだったんだが…既に死にそうで」
「げっ!一昨日百乃と一緒に無理やり外食に連れてったってのに
あのヤロー・・・ちゃんと飯食えって注告忘れたな」

ハルシオンはいつもそうだった。
自分たち兄弟を養える身になるなんて唐突に音信不通になったかと思えば、有名な魔具職人に弟子入りしていたり。
急にいなくなったかと思えば、危険地帯である切り立った山に、魔具の材料集めにいっていたり。
流石に兄弟総出でハルシオンを迎えにいった時には、その形相に大慌てで土下座して、必ず行き先を告げるという約束を交わさせた

「先に弁当を渡したんだが、もう嬉しそうに泣きながら食べてな・・・・・。仕方ねーからベットに運んだんだが、眠る前に震える手でこれを渡されてな…」
「自分の代わりに討伐に連れてってくれと頼まれたわけか…」

長兄はその言葉に弱かった
ハルシオンは義足のため、日常生活は問題ないが、戦闘には出られない。

「しっかしまた、随分と...。
俺らにも色々プレゼントしてくれるけど、なんか兄貴は特別だよな」
「そうか?」
「そうだよ」
「まあ、幼なじみだしな」

ハルシオンは裁縫が趣味で、自分たち兄弟に度々衣服を作ってくれる。
兄貴は基本的に、贈り物を拒否したりしないので、着る服はほとんどハルシオンの手作りだ
壮一は、いつも幼なじみという言葉で片付けるが、その糸一針一針の献身を想像すると、誠十郎はどこか物足りない気分になる


「(にしても・・・なんで精神防御?)」

首元に目をやると、精神防御の魔具が鎖骨のくぼみで揺れている
相手は人間ではないのに、わざわざつけるよう渡したことが不思議だった
誠十郎は首をひねったが、いつもの着飾らせたい欲が顔を出したのかと思って、その場では口にしなかった

しかし、その答えが分かったのは、討伐が終わって帰る馬車の中であった。
予想通り、ハルシオンの魔具はほとんど活躍の場を与えられず、あっさりと戦闘は終了した。

証拠品の尻尾を乗せると思いの外窮屈で、討伐部隊の数人が違う馬車に相乗りをさせてもらうことになった。

帰路の途中、妙に壮一に絡んでくるものがいた。もともと乗っていた馬車の予約者だが、隣町の貴族だ。

しかし、誠十郎はその絡みかたが妙にねちっこっく感じ、自然と眉間にしわを寄せて警戒態勢に入っていた。
脂肪にたるんだ瞼の奥にのぞくその目には、どろりとした欲が混ざっている。

その手が兄に触れることが、なおさら誠十郎を苛立たせた。
兄弟を害するものには容赦をするつもりはない

「−・・・おい、それ以上兄貴に近づくな」

「おっと・・・貴方は恐ろしい番犬を飼っていますね」

あざけるような声で明らかな侮辱を受け、誠十郎はますます苛立った。

「てめえ…」

唸るような声を出し、肩を怒らせて膝を立てて威嚇すると、男はすぐに臆したが、拳を握る誠十郎を窘めるように、壮一がすっと前に出た

「用件は何でしょう。可愛くて優しい弟と違い、私は生産性のない会話は嫌いでして。」

「な、何、生産性ならある。君、僕に雇われる気はないか?」

外務用の敬語で、壮一はにっこりと微笑むが、その目は笑っていない
氷のような冷たい声に、同乗していた他の学生たちはびくりと肩をふるわせる。
巻き込まれないよう距離をとるものの、その目はちらちらと三人の様子を気にしていた。


「お前なんぞに兄貴は渡さねえ、てめえの金なら他に幾らでも雇えるだろ、何が目的だ」

誠十郎はシャロンをぎろりと睨み付けると、そう牙を剥いた。

「い、いやだな
目的だなんて…僕はヒル家の跡取りでね、狙われることも多い。
強い人間がそばにいてくれたら安心だろう?」

「はんっ流石商人サマは嘘がお得意で。てめえが男娼趣味だってことは知れ渡ったんだよ」

「別に珍しいことでもないだろう?アイリスは何事にも性による区別を有さない。君の兄をどうこうするつもりはない・・・それに、ぼくは君だっていいんだよ」

応酬の途中、ヒルは唐突に誠十郎に近づいてその手を伸ばしてくる。
その動きがナメクジのように感じ、誠十郎は生理的な嫌悪感を覚え、僅かに身を引いて舌打ちした。

この男は、いっそ槍でどついて再起不能にしてやったほうが世のため人のためになるのではないか。

「いい度胸してやがる。その口きかなくしてやろう」

怒りのあまり物騒な結論に達した誠十郎が、愛槍を持つ手に力を込める。

しかし、いきり立つ弟の頭を、柔らかな衝撃が遅い、誠十郎の怒りが霧散する

壮一は、弟の頭の上で、手のひらを数度往復させ、ぽんぽん、と優しく叩いて手を離す


「壮兄…」


「目の前で鞍替えですか?」

「君がきてくれるなら何もしないさ。 僕のところにくれば、そのネックレスよりもっと高価なものを与えられるよ。」

あ、こいつ地雷を踏んだな
とは、誠十郎だけでなく、その場にいた学生の誰もが気づいた。

戦闘になれているモノであれば、一瞬だけでも、明らかに周囲に広がった殺気に気がついただろう。
しかし、ヒルは相も変わらず口を動かすばかりで、それにきづいた様子は微塵も感じられなかった。

「なあ、それよりこれ、興味ありませんか?精神防御の魔具なんです。効果は簡単で、私に邪な考えをもつものが触れば、その方に呪いをかけるという代物なのですが…どうでしょう」

そして壮一は逆にシャロンに身を寄せるとギリギリ触れるか触れないかといったところでくい、と首元を晒した
真っ白な首筋の、鎖骨にネッレスが引っかかって揺れている
壮一が馬車の中で四つん這いになって近づいてきたので、自然と見下ろす形となったヒルには彼の表情がよく見えた。
艶のある笑みに見惚れ、血のように赤い瞳が、暗闇の中で怪しく光っているかのように感じた

「触ってみるか?」
「い、ぁ…」

男が拒否できたのは単純で明確な、死よりも恐ろしい呪いの言葉があったからだ。
誘惑のままに触れば、どうなっていただろう。










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