青い稲妻
□10.事実と真実
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なまえは項垂れるように床に目を落としたまま、そっと唇を開いた。
「私は忘れません。私を変えてくれた、全てのことを」
静かに上げられた双貌はしっかりとカクを捉え、強い光をたたえていた。
「もう二度と会えなくてもか?」
「はい」
凛とした眼差し。
透き通るような肌。
儚げで、脆そうで、少し寂しそうで
薄く張られたガラスのような美しさ。
不死身と知っていても、抱き締めて全てから守ってやりたくなる衝動。
あの男も、これにやられたクチか。
く、とカクが喉の奥で笑った。
「…人のことは言えん、か」
「え?」
なんじゃ、やっぱり、
ふられてしまったな。
「もう、迎えが来たようじゃな」
早いな、と低く笑いながら呟くと、ゆっくりと戒めていた手首を放し、その手を滑らせるようになまえの頬に添える。
「…忘れるな。なまえ」
「カク?」
息がかかるほどの距離なのに、カクの表情は読み取れない。
そのまま頬にあった手が首筋に絡み付くように下りると、その指先に僅かに力が込められた。
「もし、お前さんの存在が明るみに出るようなことがあれば」
「…っ、く」
「そのときは、必ずわしが殺しに行く」
思ったより、歪んだ愛情表現をするんじゃな。わしは。
「そいつから離れろ」
ぞくり、と身震いが起きた。
だが、カクの口元には何故か笑みが浮かんでいた。
「…マルコっ!」
派手な音を立てて蹴破られたドアを、踏みつけるようにしてゆっくりと歩いてきたのは、マルコだった。
「マルコ、よかっ、生きて…」
「勝手に殺してんじゃねぇよい」
息を詰まらせるなまえを見て、マルコは眉間にシワを寄せる。
しかしその上着はべっとりと生乾きの血にまみれており、その出血の多さを物語っていた。
そして、同じように血に染まっている、指先。
間違いない。カクは感心半分、呆れ半分の溜息を吐いた。
「動かない体で、無理矢理傷口から海楼石をえぐり出したのか。無茶をする奴じゃ」
「俺のことより、自分の心配をしろよい」
殺気立つマルコを前に、カクはゆっくりとなまえの首から手を外した。
「また、お茶をし損ねてしまったのう」
ふ、とカクが笑った。
その笑顔は、初めて会ったときの優しいもので。
「さて…迎えが来たんじゃ。あとは好きにせい」
「え…」
「わしの用件は終わりじゃ」
そこでなまえは、カクの言っていた『迎え』がマルコを指していたのだと気付く。
「カク、あなたは――」
違う出会い方であったなら
あの男よりも早く出会っていたのなら
そう考えることを誰が責められるだろうか。
「そうじゃなぁ、いろいろあるんじゃが」
そして、初めて出会った、あの時と同じに
「気に入ったから、かの」
この言葉の意味を、わかってはもらえんのじゃろうな。
「カ…」
しゅ、と鋭い音と共に、カクの姿が消える。
その残像は、いたずらっぽいような優しい笑顔で、でもどこか寂しそうで
思わず手を伸ばしかけたなまえの頬に、ふわりとなにかが触れていった。
それは、髪か、指先か、唇か
それともただの風だったのか
ただ、温かかった。