マルコ

□海の中で
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穏やかな昼下がり。
モビーディックの甲板では、のんびりとした時間が流れていた。
珍しく人影が少なく、これは昼寝にはうってつけだと、マルコはゆっくりと辺りを見回した。

「…ん、おい」

ふと、足元がおぼつかない船員を目に留めて、マルコは声をかける。

「あ、マルコ隊長…お疲れ様です」
「なんかふらついてたけど、大丈夫かよい」

その船員は心なし具合の悪そうな顔をして、手摺の近くを歩いていた。

「あ、大丈夫ッス。ちょっと調子悪いだけなんで、これから医務室に行くとこ…」

そこまで話した時に突如、強い風がモビーを襲った。
帆があおりを受けて、船体が急に大きく傾く。

「う、わぁ!」
「チッ!」

その船員は案の定踏ん張れず、咄嗟に伸ばしたマルコの腕をかすめて、海へとはじき出された。

「おいサッチ!必ず引き上げろよい!」

近くに飛び込める者は誰もいない。
マルコは手近にあったロープを体に巻きつけながら、遠目に見えたサッチに向かってそう叫んだ後、迷わず海の中に飛び込んだ。

久しぶりに沈む海中。
一気に体の力が抜けるのを感じながら、なんとか転落した男にもロープを巻きつける。

あぁ、嫌な感じだよい。

早く引き上げてくれ、そう思いながら目を閉じかけたとき。

(!?)

マルコは、海中から背中を押されたのを感じた。

(…なんだ、よい?…手?)

力の入らない体をなんとか捻って、後ろを振り向く。

(…女…?)

自分の体を海面に向かって押し上げている細い両手をたどって見れば、ぼんやりと女の顔が目に入った。
そのときやっと、ロープが引き上げられる感覚が届いた。
同時に、マルコの息が限界に近づいて、口から大きく空気を吐き出す。
だがまぁ、ぎりぎり船までもつだろう。そんなことを思っていると、ふいに背中を押す力がなくなった。

(…あぁ)

ぼんやりとした視界に、女の顔が近づく。
そして、その唇はマルコの唇に重ねられると、静かに空気を送り込んだ。

(…きれいな、女だねい…)

ゆっくりと閉じていく瞼と、意識のなかで、マルコはそう思った。




「どうしたマルコ、なんか元気ねーな!」

腹でも下したか?と笑いながら、サッチは皿によそった昼飯をマルコに手渡す。
マルコは少し俯いたまま、スプーンで二、三口それを口にして、小さくため息を吐いた。


「…人魚、だったのかねい」


ぽつりと響いたその言葉に、キッチンカウンターが静まり返る。


「おい、誰だ今週の食材管理は!毒が混じってるぞ!!」
「いやサッチ、俺はなんともねぇぞ!」
「エース、てめぇの腹は論外だ!」

やいやいと騒がしいエースとサッチの声に食堂はまた賑やかさを取り戻すが、さらにマルコの声が響いた。

「…それとも、天使かねい…」


再び静まり返る食堂。


「はぁ…ごっそーさん、よい」

その元凶、マルコは何事もないように皿を片付けると、ため息を吐きながら食堂を後にする。

「…キノコか!?キノコしか考えられねぇ!」
「いやまてサッチ!俺もキノコは食ってる!!」
「てめぇの腹は論外だっつってんだろ!!」

頭を抑えながらパニックになるサッチとエースの後ろで、他のクルーたちも呆然とその扉を見つめていたのだった。





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