Penso che tu
□サボりという名の逃避行
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どうやらピーブズは大広間で何か悪さをしようとしているらしくて
管理人のアーガス・フィルチは今3階の廊下を見回っているそうだ
そういえば授業で使用したピクシーが一匹逃げ出したようで教授が慌てて捕まえようとして逆に悪戯をされたとか
そんな会話をどのくらい聞いていたのだろうか。
ちなみに今日の夕食にはクランベリーのパンプディングが出るらしい。
零れそうな程のベリーと、その甘酸っぱさを吸い込んだパンの柔らかな食感。
じゅわりと広がるその甘さも表面の一部がカリッとした部分もまた美味しそうで、
アイスなんて添えたらまさに絶品だろう。
それを想像しただけでも思わず頬が緩んでしまう。
階段に座り込んだ姿勢で壁に頭をこつんと預けたシルヴィア・フォルテュナーテ。
シルヴィアはそのままただ聞こえてくる声に目を閉じて耳を傾ける。
なかには面白い話もあって会話に参加はしなかったけれど聞いていて楽しかった。
どうやらここの“住人”は皆お喋りが好きらしい。
否、全員というのは訂正。
中には黙ったままの人もいるし、ぺちゃくちゃと交わされる言葉に五月蠅そうに迷惑そうな顔をしている人もいる。
とはいえ、基本“そこ”にしかいられない彼らからしてみれば唯一の楽しみは会話なのかもしれない。
それは勿論“同居人”とだったり“隣人”とだったり、はたまたずっと上や下の住人の部屋に“お邪魔したり”とだったり。
そして
「それにしてもお嬢さん、いつまでそこにいるつもりなんだい?」
『うん、私も自分はいつまでここにいるのかなって思ってた』
へにゃりと、でも困った様にシルヴィアは笑って答えた。
そんなシルヴィアの様な“生徒”も、時には“彼ら”の話し相手となる。
“額縁”の中に住む絵画の住人は思い出した様に会話に一区切りつけ、栗色のさらさらとした髪の生徒に不思議そうな視線を送った。
短くはない時間そこにただぽつりと座っているシルヴィアは確かに変だった。
彼女のネクタイカラーを見るからに寮はグリフィンドール。
そして今は勘違いでなければ授業中の筈である。
勿論、この時間の科目を取っていればの話だけれども。
「今は空き時間なのかな?」
『ううん、本当は魔法史の時間なの』
「……ならば授業に出ないといけないだろうに」
『そうなんだけど、ちょっと行けそうにも無くて』
「うん? もしかして具合でも悪いのかね? お腹が痛いとか。ならば医務室の絵画からマダムを呼んでくるが」
『ありがとう。でもそれは大丈夫』
口ひげを撫でながら問う絵の中の貴族に、シルヴィアは体調に関しては全くもって問題ないと明るく答える。
寧ろ今日は目覚めもすっきりで、朝食ではブルーベリージャムとクリームチーズをたっぷりと塗った大きめのベーグルをぺろりと食べてしまえたくらいなのだ。
美味しそうに食べるシルヴィアにつられたのか、彼女の斜め前に座りカボチャジュースを飲んでいたアイリーンも思わずベーグルに手を伸ばしていた。
「だったら何だってこんなところにずっといるんだ」
『あー……それが』
「む、もしやサボりかい?」
『へ?』
体調不良じゃないのならば思いつく事は一つ。
それ以外にあり得ないと言わんばかりに、先ほどの表情から一変してやや嗜める様な口調が響いた。
その言葉にアンバー色の目を丸くしてシルヴィアはきょとんとする。
ああ、そうか
この状況はもしかしてサボりになってしまうのだろうか
それは少々不味いかも知れない―――
その事に今気付いたとばかりにシルヴィアは呆気にとられた顔をした。
だが、そんなシルヴィアの表情に男爵は気付かなかったらしい。
片手を後ろに回し、まるでこれから謎を解こうかとしている探偵みたいにもう片手の人差し指を立たせて絵の中を行ったり来たりし始める。
「お嬢さん、サボりはいけないよ。たとえつまらない授業だろうと“学(まなぶ)は力なり”と言うだろう」
『……うん、まあ』
「それに学生の本分は勉強だ。遊びも結構! 時に羽目を外すのも大いに結構! それらも学生でないと出来ない事だからね。まこと、学生の間だから楽しめたり許されたりすることが多くて私からしてみれば羨ましい限りだ。まあ、“絵”である私には学生という時は無かったのだがね」
『あのー……』
「兎にも角にも! 楽しい事を優先させて、大人になってから勉強しようとしたって遅いこともあるのだよ。勿論、サボりたい気持ちも良く分かるが甘えちゃいけない」
『……えっと、そうじゃなくて』
「なにせ大人になると頭がカチカチになって物事を素直に受け容れられなくなる」
「そうそう、こいつみたいにな」
「っ、なんだと!?」
「お嬢さん、君も思わないかい? 学生のうちに勉強一筋だと石頭になるって」
「だから別に私は勉強一筋になれとは言ってないだろう!」
「君の言い方だと似たようなものさ。それに何でも決めつけた言い方するなと何度も言ってるじゃないか!」
「ええい、五月蠅い! そもそも私の話の途中で割って入ってくるとは無礼にも程がある!!」
口を挟むタイミングが掴めずに“サボり”だと勝手に決めつけられたシルヴィア。
そんなシルヴィアが取りあえず誤解を解こうと何とか話しかけようとしていたのだが聞いて貰えず。
しかも、それまで無言で話を聞いていたもう一人の貴族が聞いていられんと言いたげに割り込んできたのである。
挙げ句の果てには貴族二人はそのままいきなり喧嘩を始めてしまった。
シルヴィアは困った様な表情を浮かべて二人を交互に見る。
下手に口を出さない方が良いだろうし、こういう場合どちらかの肩を持つのもあまり得策ではない。
だからと言ってさっさとこの場から立ち去ることも今のシルヴィアには出来ないのだ。
結局サボりと思われたままなのだが、まあその貴族の誤解を解く必要があるのかと言われたらそれほどないのだろう。
そもそもシルヴィアと話をしていた筈なのにそんな彼女を余所に言い争いを始めるのは如何なものなのか。
仕舞いには絵画の中にある銀のお皿に盛られていた果物を彼らは投げ合い始めた。
同じ絵にいたレディ達はどうやら他の絵に批難したらしい。
とはいえ、
呆然として二人の喧嘩を見ている内に、シルヴィアはクスッと小さく吹き出した。
本来笑える事などなく当の本人達もこれっぽちも楽しいなんて感情はない。
寧ろ先ほどよりも言い争いは白熱してきている。
けれど、二人の様子がどうにもシルヴィアの友人の姿に重なって仕舞うのだ。
激情型で悪戯好きの、けれどその容姿や育ちによって時折垣間見えるスマートな立ち居振る舞いがホグワーツでも憧れの的になっている黒髪で瞳の色が灰色の“ハンサム少年”と、
少々自信過剰で同じく悪戯好きの、けれど勉強では極めて優秀な成績とホグワーツで並ぶ者のいない抜群の実績保持者である黒髪でハシバミ色の瞳を持つ“チェイサー”。
彼らの悪戯に対する息のぴったりな思考回路はずば抜けており自他共に認める親友である二人。
だが如何せん
時折喧嘩すると今の様に周りそっちのけで言い合う姿が見受けられたりした。
その原因は物凄く些細な、くだらないことだったりする事もあるらしい。
彼らのブレーキ役のリーマスはさぞ大変だろうとシルヴィアは思う。
ついに胸倉を掴んでの言い争いに発展した目前の絵画の中の貴族達を、文字通り手も出せず止めさせられることも出来ずにぼんやりと眺めながらシルヴィアがそんな事を考えていると
「シルヴィア!」
『ぇ?』
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