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□萌えのないところに奴らは集わん
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「寄ってらっしゃい、萌えてらっしゃい」

私服校の素晴らしさを全開にさせた、部活動紹介。
朝の通学中にメイド服を来た人が学校に入って行くのを見たが、こういうことだったのか。
家から着て来るとは、なかなか真似できないね。
所謂コスプレをして、アニメーション部の方々が入学してきたばかりの一年生に向かい、ちょっとしたお芝居をしていた。

「姐さん、そんな呼びかけじゃ豆腐は売れませんよ」

「何を言ってるんだい。この豆腐のぷるぷる感といい、透き通るような白い肌。萌える要素ならまだまだあるじゃないか」

姐さんと呼ばれた女の人は、メイドの格好をしてメガホンを持ち先ほどから通行人役に向かって、声を大にして客を呼び寄せようとしていた。
その女の人の横には豆腐屋と書かれた旗が立てられており、旗の後ろから出て来た途端に姐さんとやらにツッコミを入れていたのは、鉢巻に前掛けという八百屋さんみたいな恰好をしたガタイのいい男の人だった。

「はぁ……豆腐なんかにそんなもんを見出すのは姐さんくらいですって」

「そんなわけがなかろう。では、今からここを通る方たちに豆腐に萌えるか萌えないか訊いてみようじゃないか」

「ちょっと姐さん。それは止め……」

メイドさんは、呼び止めを聞かず通行人Aと思わしき人に声をかける。

「すまないが、少々尋ねたいことがあるのだが……」

「はいはいなんでしょう」

杖をつき腰を曲げたおばあちゃん役の人が、メイドさんの方を向き呼び止めに応じた。
その間も杖が微妙に震えていて、お芝居だとはわかっていてもなんとも危なっかしい感じが染み出ていた。

「この豆腐に萌えを感じませぬか?」

「豆腐にもやし?今日のおかずはそれにしようかね」

「もやしじゃなくて萌えです!萌え」

「はぁ?」

おばあさんは上手く聞こえないようで、耳に手をやり、再度言って欲しいというような動作をした。

「もええええええええええ!」

「姐さん声が大きすぎます、ほら周りを見てください。みなさん固まってるじゃないですか」

通行人さんたちは豆腐屋の方を見てフリーズしていた。
メイドさんは周囲を見回し、ごほんと一つ咳払いをした。

「いいか、皆の者ども。豆腐に萌えを感じる奴はその場で挙手をしろ」

誰も手を上げないなか、豆腐屋に背を向けたままの一人の女性が手を挙げた。
その女性の方にメイドさんは歩み寄って行く。
すると、袖幕から段ボールに描かれたタクシーと思わしきものを体に引っ付けた人が走って来た。
手を挙げていた女性の前でタクシーが止まり、タクシーと一緒に女性も出て来た方の袖幕と反対の方に走り去って行ってしまった。

その様子を見て、メイドさんは足から崩れて、その場に座り込んだ。

「ああ、どうして貴方はそんなに白いの!お願い答えて、豆腐!」

豆腐という言葉が体育館内に響いた。
メイドさんはその台詞を言い残すと、更に前のめりに倒れた。

「姐さぁぁぁぁぁん!」

八百屋さんの格好をした男の人がメイドさんに駆け寄る。
メイドさんを仰向けにして、抱き起す。

「姐さんしっかりしてください!傷は浅いです」

「くっ、どうやら私はここまでのようね……あとのことは頼んだわよ……机の上に今日の宿題を置いたままだかっ……」

鉢巻を触っていたメイドさんの手が、ぷらんと垂れた。

「俺……姐さんにいてもらわないと……何ページからやればいいのかわからないじゃないですか……姐さあああああん!」

そのまま、緞帳が降りて来た。
30秒程して、幕が再び開いた。

今まで出演していた人たちが横に並んでいる。
メイドさんがマイクを持ち、何やら話始めるようだ。

「アニメーション部内ではこのようなことにならないように、マイナーカップリングだろうとなんだろうと個人の主張を大切にしていきたいと思っています。それを前提にした上で、もし少しでも興味を持っていただけましたら、放課後一階生物室まで来てください。活動は月曜、火曜、金曜日です。基本土日祝日はお休みです。今の部員は8人(幽霊部員含む)です。ではお待ちしております」

並んでいた10人全員で礼をした後、舞台の袖に消えて行ったことからどうやらこれでアニメーション部の部活紹介は終わったようだ。
部員の人数より多いということは、助っ人でも頼んだということだろうか。

その後も数々の部活が紹介をする中、演技部の人たちも何か演技をしていたけれど、私の受けた印象からは豆腐の方が色が濃かった。

全ての部活紹介が終わり、一年生はクラスに戻る。
HRが終わり、放課後になった。

「ねえ、美夢は部活入るの?」

「見学くらいは行ってみようと思ってるけど」

中学からの友達の夏葵に会話を振られた。

「どこ見に行くの?付き合うよ」

「アニメーション部行ってみようかなって思って」

「私もけっこう腐ってる方だけど、そこまでする?」

「見に行くくらいいいじゃん」

「ごめん、私パス」

夏葵はそのまま帰るらしいけど、私はなんとなくあのメイドさんに心を惹かれていた。
そして、今日部活を見学に行かないと、きっと私は帰宅部のままこの高校生活を終えるのではないかという気がしてならない。
本当はとっとと帰って、ベッドの上でゴロゴロしながら漫画でも読んでいたい。
でも見学くらいいいじゃないかと、心の中で自分に言い聞かせた。






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