正助と小娘

□第二章
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【ゆう】

「縛られてるのを何とかする方が先だけどな。しばらく待ってろ」
と、正助君は自信たっぷりに宣言はしたけれど…。

実際のところは、もう数時間くらいは色々もがいた後らしく、やれることはほとんどないみたいだった。

私はちょっと心配になった。
正助君の手元とか、よく見えないけど、そんなに長い時間もがいてたなら、紐と手首が擦れて、相当痛いんじゃないだろうか。

けれど、正助君は全然あきらめたふうがなくて、今度は何か壁の上の方を見て考えていた。
体をよじって、床に落ちている垂れ幕の端をくわえると、何やら角度を測るような顔を一瞬して、ぐいっと力任せに引っ張る。
垂れ幕の、まだ壁にひっかかっていた部分が落ちると同時に、それに巻き込まれて、近くの棚にあったものもバラバラと落ちてくる。

ふたつ飾ってあったとっくりが、床に落ちて割れた。
「…くそっ!」

正助君は、その破片を取ろうとじたばたしたけれど、あともう少しのところで届かない。

私はふと気づいて、周囲を見回した。

この部屋…どうやら神社の拝殿の中らしいんだけど、やたらと物が散乱している。
最初は、私が落ちてきたせいかと思ったけど、この子が暴れたせいみたい。

それにしても、これだけ広い部屋の中を、柱に縛られたままで、よくここまでグチャグチャにしたなあ…。すごい破壊力。

なんか…カナコんちのアメショーのショーちゃんを思い出す。
あの猫も一匹で留守番させとくと、部屋をこんな風に徹底的に荒らしまくったっけ。

「あの…」

「何だ?」

「さっきから、なんだか地道な努力してるみたいだけど…。
ふつうに助けを呼ぶとか、その別当さん?を呼んで謝るとかって…選択肢はないの?」

「ない」

断言されてしまった。

「だれがあんなヒキガエルみたいな坊主に頭を下げるか。気色悪い」

「でも…その…大事な壺を割っちゃったんでしょ?」

「ふん。どうせ神社の氏子から汚い手段で巻き上げた金で買ったもんだろう」

「いや…そんなこと言ったって…」

私はそこまで言ってから、何か妙な気分になった。
この子の顔を見てたら、何か、すごくなじみのある思考回路じゃないかって気がしてきたんだけど。

「さっきも聞いたけど、割ったかって聞いても、割ったって答えないよね」

「…」

ぎくっ、て顔をする。
やっぱ、そうだ。

「本当は、割ってないのに、話題をずらしてごまかそうとしてるでしょ」

「何だよ、それ」

「なんか、勝手に憎まれ役を買って出たけれど、実は誰かのためだった…とか、そういうことない?」
「勝手にって何だよっ!悪いかっ!」

正助君はあわてたように言った。かなりあせっている。

うーむ…。

ここでポーカーフェイスでうそぶかないところは、誰かさんとは違って、まだまだ甘いね。

「やっぱ、誰かのためなんだ」

「きっ…近所のチビどもが、間違って割って、別当にバレるのが怖くて、泣いていたから…」

「それで、わざと自分を疑わせて…今、縛られちゃってるわけ?」

「に、逃げそびれたのは計算外で…別に好きで縛られてるわけじゃないぞ」

…いや、そこは疑ってないけど。

でも、なんで、初めて会う気がしないか、わかってきたぞ。

「もしかして、苗字は大久保だったりしない?」
「なぜ知ってる?」

「親戚に利通って人いる?」

「そんなやつ知らん」

うーん…。
血縁だと思うんだけどな。

でも、ここって幕末より昔っぽいし…。
正助君は、ご先祖か何かなのかな。


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