さらば愛しき馬鹿娘

□第七章
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【アンティーク店長 和田】

杉浦さんが光の中に消えた後…私たちはしばらくそこに無言で立ち尽くしていた。
タイムトリップのことは知ってはいたが、実際にそれを見るのは、頭で理解するのとは違うものだ。

カナコさんは、杉浦さんが消えるまで、少し乱暴な口調で笑いながら話していたが…。
ふと私の脇から聞こえる嗚咽の声に気づいてカナコさんを見ると、何も言わず、ただ大粒の涙をぽろぽろと流して、しゃくりあげていた。

私は彼女を店に連れて行き、彼女のためにミルクのたっぷり入った少し甘いカフェオレを淹れた。

彼女は小さな子どものように、ボウルを両手でしっかりつかんで、少し背中を丸め、小さく震えていた。
なんだか見ているのが忍びなくなって、私は彼女の肩に、自分の上着をかけてやった。

彼女はカフェオレを飲むというより、ほかほかした湯気に顔を温めるような様子でぼうっとしていたが、やがて少し落ち着いてきたらしい。

「和田さん…」
「何ですか」

「慶応2年にあの子と桂さんと高杉さんが石室をのぞいた時、入口付近の通路が落盤でふさがってて、中に入れなかったって聞いてるけど…。
和田さんの先祖が、明治になって初めてあそこをのぞいた時も、まだ落石でふさがってた状態だった?」

「鋭いですね…」と、私は笑った。

ふつうの子なら友達がいなくなってさびしいと、自分の気持ちを喋り出すだろうに…。
まだ、彼女の心の中は、杉浦さんの心配でいっぱいらしい。

「つまり、少しは通れる状態になってたってこと?」
「そうですね…。恰幅のいい成人男性なら無理かもしれませんが…。痩せた人なら、問題なく通れる程度には、隙間はできていましたよ」

カナコさんは、ため息をついた。
「…そんなことだろうと思ってたんだ」

「まあ、神社を移設するときには、地下の基礎もいじりますからね。その下の古墳に気付くなという方が、無理でしょう」

「うん…。

大久保さんの残した手紙さ…。
確かに感動的だったけど…たかだかラブレター1枚届けるだけのために、ここまで大掛かりな仕掛けをするのって、変だと思ったんだよね。

あれは…手紙を届けることが目的だったんじゃない。
この店に手紙を置いておけば、何度もあの子がここに足を運ぶだろうって…それが目的だったんだよね、きっと」

「まあ、そうですね。
大久保さんの指示は、この店にずっと写真を飾っておけ、杉浦さんが来たら、手紙を見せろということだけでした。
杉浦さんが現れたら写真と手紙を渡せとは、まったく言われていませんでした」

「…で、この店にあの子が何度も来れば…。
そりゃ東京からわざわざ来るんだもん。名残惜しくて、この周囲を巡って手がかりを探すに決まってる。
そのうち…あの祠の秘密に気づくだろうって思ったわけか。

そんな面倒なことしないで、素直に手紙に、地下にもうひとつの神社があるから、それを使って帰って来いって書けばいいのに」

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