さらば愛しき馬鹿娘

□第十一章
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まあ、何しろ、日本全国で戦が起きようかって時期で…。
利通さんも忙しくて、何日も寝る間もないくらい、あちこち飛び回ってて…。
ほんとに、二人で数分話す時間を見つけるだけでもたいへんな状態だったから…きっと、それでよかったんだと思う。

私も、二本松藩邸の隣にできた野戦病院のお手伝いとかで、昼も夜もずっと大忙しでした。
もう誰もが皆、忙しくて、たとえ結婚なんて人生の大イベントだって、片手間にぱぱっと済まさないと間に合わないって思えるくらい…あの時は皆、切羽つまっていました。

そのころ、薩摩藩の野戦病院にはようやく、アイルランド人医師のウィリス先生が来てくれてた。
一応通訳にサトウさんも来てたんだけど…彼も政治関係のお仕事とかもあって忙しくて…。
生活のお世話とか、消耗品の買い足しの手配とか、事務的な話で英会話が要るところでは、なぜか私が仕切ることになってた。

だから私は、花嫁衣装はどうしようかなんて、考えてる余裕はなくて…。
忙しいから、小袖でもいいやぐらいの勢いになってて。
それより、さらしやら包帯やら、患者さんの着物やら、洗い物の数の多さにてんてこ舞いしてた。

英国軍が派遣してきたウィリス先生は、性格きついけど、すっごく熱心なお医者さんだった。
けが人の手術とか外科の治療だけじゃなくて、こういう食べ物をとって栄養をつけなさいとか、リハビリはこうしなさいとか、生活まわりの話までいろいろアドバイスしてくれる人でした。

でも、食べ物ひとつとっても、欧米と日本じゃ違うから…ただ単語だけ置き換えても通じないし…。
ウィリス先生は一生懸命に身振り手振りをするけど、ごめんなさい、それ西洋以外じゃ通じませんってゼスチャーばっかりで…。
結局、和食も洋食もそれなりに知っていて、未来にいた時に映画やテレビドラマで海外のゼスチャーも知っていた私が、どういうわけだかいちばん、ウィリス先生の言いたいことと、患者さんや藩のやとったお手伝いの人たちの事情を、うまく伝えられる橋渡し役になってしまった。

たまたま、ちょっとだけ二本松藩邸に戻ったついでって感じで、少しだけ様子を見に来ていた利通さんは、
「ゆうの食い意地が、ここまで役に立つ日が来るとは思わなかったぞ」
と、面白がって大笑いすると、また、大急ぎで御所の方に戻って行った。

「もう。すぐからかうんだからっ」
と、私は少しふくれて見せて、それから利通さんの後姿を見送ったんだけど…。

ふと、気がついた。

私…いつの間にか…「小娘」を卒業してたんだ…。
なんかあんまり自然に「ゆう」って呼ばれるようになってて…気づかなかった…。

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