正助と小娘

□第二章
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【正助】(成人後)

あれから十年以上たった今、思い返してみると、あの日は、悲惨だった少年時代の中でも、どん底の時期だったと言える。

細かい説明はまあ省くが、その日も、よんどころない事情のため金が無く、二日ほど飯を食っていなかったし、二、三細かいもめ事があって、実は体中打ち身だらけ…といった状態だった。
当時は、そういった毎日が当然のように続いていたし、それが、未来永劫続くと信じていた。
と言っても、飯も安全も確保できない状態では、未来永劫どころか、果たして来年が迎えられるのか、今一つ危うかったのが実情だが。

だから、とも言いにくいが…。
当時の私は、精神的にもかなり荒れていた。

あの年なら別に珍しいことでもないとは思うが、私も、全世界を敵だと思い込み、世の中のしくみはすべて腐っていると決めつけ、自分は孤高の存在だなどとうそぶいていたクソ生意気な小僧だった。

よくわかりもせんのに、小難しい言辞を弄してみたり、何やら派手な設定の空想を思いつけば妙にこだわってみたり…まあ、年齢にふさわしい通過儀礼のような言動だが、今振り返ってみると、何とも言えず恥ずかしい。

そして、いつかある日突然、謎めいた美女やら、不思議な運命を背負った異形の存在やらが天から降って来て、自分に道を示し、世界を変えるような英雄にしてくれやしないだろうか…などと、愚にもつかんことを、ひそかに願うという、この手の小僧にはお決まりの馬鹿な夢も抱いていたわけだ。

何しろ、当時の周囲の状況は、ちと苛酷に過ぎるきらいがあった上に、身分やら家庭環境やら子ども同士の人間関係やらまあ色々と複雑な事情で、人を助けることはあっても、こちらを助けてくれそうな人間は一人もいなかった。
くだらん想像上の救世主が現れないかなどと空想してしまう動機は、十分すぎるほどあった。

たいがいのガキは、そこで現実の壁にぶち当たり、くだらん夢は忘れて社会に適応することを真面目に考え、それなりに大人への階段を上っていくものだが…。


…私の不幸は、そこで本当に謎めいた女が落ちてきてしまったことだろう。


それも、常識をわきまえた賢明な美女ならともかく、よりによって、あの脳みその足りない単細胞の小娘だ。

まだ社会をよく理解しておらず、現実と空想の境界もあいまいな小僧にとって、あれは…あの娘が目の前に現れたことは、不運だった少年時代の数々の悲惨な出来事の中でも、最凶最悪の事件だったのではないか、と思う。

あの「たいむすりっぷ」とやらの仕組みは今でもよくわからんが…。

誰ぞ人類より高次な存在とやらが絡んでいるのであれば、もう少し人選はなんとかならんのか、返品や交換は効かんのか、一度きっちり聞いてやりたいものだ。

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