NG集

□右の目に知らしむなかれ
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ある日、寺田屋のみんなと長州組2人から、ちょっと面白い知らせが来た。
皆で髪を切って洋装に変える予定だけれど、大久保さんも一緒にどうか、という話だった。

寺田屋の小僧さんが持ってきたその手紙を読むと、大久保さんは

「実にくだらん」

と一蹴した。

「だいたい、これから平和な日本を作るなどとほざいている人間が、なぜ普段着に軍服を着ねばならんのだ?訳が分からんぞ」

まあ、そうですけど。
でも別にスーツだっていいじゃん。

…つか、スーツなら、大久保さん、すでに数着持ってて、何回か着た姿を見たことある。
長い髪のままスーツというのも、どこかの伯爵様みたいでいいけど、短髪姿もちょっと見てみたい気がする。

そんな話をしていたら、西郷さんが大久保さんに、

「おはんはそういう話もされるほど、慕われているわけだ」

と少しうらやましそうに言った。

んー。確かに西郷さんにも声をかけてあげればいいのに…。
つか、西郷さんってすでにこれ以上ないくらい短髪だし…。軍服も持ってるじゃん。

「慕われて…とは言わんな、あれは。
あいつら、何かある度にいちいち『とりあえず大久保さんにも声をかけよう』と思うらしいが、こちらもそうそう付き合いきれん」

「まあ、髪のことなら、そろそろおいに付き合わんでもいいぞ」

それを聞いた途端、大久保さんの肩が、ぴくっ、と電気が走ったように反応した。

へ…?
私は西郷さんのベリーショートと大久保さんの肩まである髪を見比べてしまう。

「…私は、お前に付き合った覚えなどないがな」

大久保さんの機嫌がみるみる悪くなる。
西郷さんは、まるで気にしない様子で続ける。

「そろそろいつ戦が始まってもおかしくない時期だ。右が見えにくいままでは戦いにくいだろう。
守りたい誰かもできたようだが、それで全力で守れるのか」

「大きなお世話だ。…お前の指図など受けん」

大久保さんはそう言うと、ふいと部屋から出て行ってしまった。

なんで…?

なんか話が全然見えないんですけど…。

*****

翌朝。
私が庭で素振りの稽古をしていたら、たまたま通りがかった西郷さんが、姿勢がいいとものすごくほめてくれた。

これに限らず、西郷さんはとにかくまめに人をほめる。
やることがいちいち大久保さんとは正反対なので、なんで親友なんだろうなあ…と不思議に感じるときがあるくらい。

でも私が、稽古を一緒にどうですかと誘ったら、困った顔をした。
右腕を少し上げて見せて、子どもの頃の怪我のせいで、これより先には上げられないから、剣術ができないのだと教えてくれた。

「ご…ごめんなさい…。私…失礼なことを言って…」

私はあわてて謝ったけれど、西郷さんには、気にしていないから謝る必要などないと言われ、余計に恐縮してしまった。
西郷さんは笑いながら

「昔は、武士なのに剣が持てないのはくやしいと、利通に愚痴ったこともあるが…。
あれからだな、利通が右の前髪を伸ばし始めたのは」

「どういうことですか」

「わからんだろう。おいもまったく気づかなかった。
あん男のやることは時々回りくどすぎる」

西郷さんが、その意味に気づいたのは、それから何年もしてからだと言う。

大久保さんが藩主のお父さんの久光公から仕事を任されるようになった後で、西郷さんも抜擢しようという話が出たそうです。
その時、久光公が「右腕の使えん侍など、使い物にならんだろう」と文句を言ったら、大久保さんが「では右側がよく見えない私も、使っていただかなくて結構」と言い返したらしい。
で、西郷さんは、無事出世ができたんだとか。

けど。

「…ま…回りくどい…」

かばわれている本人が何年も気づかなくて、かばっている意味があるのだろうか…?

西郷さんが笑った。
「まあ、あん男にしてみれば、かばっている気などないんだろう。
おいの右が不自由なのを見ていて悔しい、だからとりあえず、自分も右を不自由にしてみた…といったところか。
そういうことに関しては、絶対に自分からはしゃべらん奴だから、本当のところはわからんが」

よくわかんないけど…。
まあ、そういうことなら、私も短髪を見てみたいとか言っちゃって悪かったかな。

大久保さんにしてみたら、きっとそれだけ、西郷さんの右腕のことが心配だってことなんだよね…。

そう言ったら、西郷さんが面白がっているような顔をした。
「右の見えないままで誰かのことを守れるのかと言われて、あいつがどう出るか楽しみだ」

…て、どういうことだろう?

***

で、それから一刻くらいして。
藩邸でまた会合があるというので、部屋の準備を手伝っていたら…大久保さんが入ってきた。

「お…大久保さん?」

私は思わず、大久保さんの顔を指さして、どもってしまった。

「人の顔を見ながら固まるな!無礼もの!」

だって…すっきりばっさり、髪を切っちゃって…。
両目が出てるっ!

「め…目がある!」

「当たり前だ。もともと目はある!」

あれ…?なんか大久保さん、照れてる?

けど…なんで突然…髪を切ることにしたんだろ?

うーん…。

なんか追求すると、やばそうだから、聞かないでおこう…。

大久保さんは、私がそんなことを考えているとも知らず、藩士のひととかと打ち合わせを始めた。

私はそれを横目で見ながら、なんか短めの髪の姿も素敵だなあ…なんて。
大久保さんに聞かれたら、またくだらないとか言われそうなことを。

ちょっと、考えてしまいました…。

【Fin】


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