さらば愛しき馬鹿娘

□第三章
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「…バカ…」

私は、その古い手紙に、思わず涙を落としそうになって、あわてて額の中に戻した。

何よ、これ?

もう本当に、回りくどいにもほどがあるよ。
大久保さん、そんな、百何十年もかけて、こんな大掛かりなやりかたで、私を嫌いになったんじゃないんだって伝えてくれてもさ…私にどうしろっていうのよ?
自分はそれで満足かもしれないけどさ…。
ねえ…。

私、あなたの気持ちに応えたくたって…大久保さん、もういないじゃん。
百何十年も前に、死んじゃってるじゃん。
私の返事、聞けないでしょ?

私の気持ち、どこに持って行けばいいのよ?

おまえの返事なんてわかっとる…って、そう言うつもりだった?

大久保さんはそうかもしんないけどさ。
だったらそう言って、ふんと笑って、照れてそっぽ向く顔が…見たいよ…。
もう…そんな顔も…この世には、無いんだよね?
どこ探しても…もう、いないんだよね?

ねえ…。

私、大久保さんのすねた顔とか、笑う顔とか、怒る顔とか…。
ほんの昨日まで、毎日見てて、すっごくそれが嬉しくて…楽しかったけどさ。
それって…ここでは…この時代では…何十年も前に消えちゃった幻みたいなもんで、もう絶対、二度と見られないんだよね?

大久保さん、私のこと、バカだの頭悪いだの、さんざん言ったけど、自分の方がよっぽどバカじゃん。

こんなことされて…こんなこと書かれて…他のひとのこと、好きになれるわけないじゃん。

だいたい自分で言ってたじゃん。
自分は最高に素晴らしい人間だって。
だったらそういう人を好きになった後で、もっと素敵な人なんか見つけられるわけなんかないって、わかるでしょ。

いつも…私のこと考えてくれてて…。
私よりも、私の周囲を見ててくれた人だから…。
私を未来に帰すって決めたのには、私には到底わかんないような事情があったのかもしれないけど。

でも、やっぱ。
ひとりで勝手に決めて、何もかも完璧に手配して…なんて、してほしくなかった。

ちゃんと私の気持ちを聞いてほしかったよ。

私、大久保さんのそばにずっといるって、心に決めてたんだよ?

それはさ。大久保さんには、軽い気持ちに見えたのかもしんないけど。
私は、本気だったんだから。
本気で、覚悟してたんだから。

どんなにつらいことがあったって…大久保さんのそばで生きてられたら、それでいいって。
たとえ、死んじゃうようなことになっても、それでいいって。

大久保さん…。
もう一度、会いたいよ。

もう一度、会えたら…その場で死んじゃってもいいよ。

なんで、私だけ…この時代に帰したりしたの?

自分はかっこつけて…何もかも、思い通りに全部整えちゃってさ。
私に、ああしろこうしろとか、好きなようにいろいろと注文付けてさ。
私が反論できないうちに…百何十年も前に、さっさと死んじゃうなんて…勝手すぎるよ…。

ねえ…。
幽霊でもいいから、出て来てよ…。
私の文句、聞いてよ…。

大久保さんの、顔が見たいよ…。


ふっと、気配がして、私は振り返った。

いつから、店に入って来てたんだろう。カナコが、すごい真剣な目をして、私の様子を見ていた。

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