さらば愛しき馬鹿娘

□第九章
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この忙しい最中に、さっきから笑い転げていた西郷も、ようよう普段の顔に戻ると、地図をのぞきこんだ。

「そこか」
「…だろうな」

「仕方ない。ここでゆうさぁが死にでもしたら、お前は腑抜けて使い物にならんかもしれんからな。半刻ばかり持ち場を離れられる方が、よほど損害が軽い。
行って来い。協力してやる」

「誰が腑抜けるか。失敬な」

私は、地図を指でたどった。
「四半刻後には、この地点まで戻る。西郷、お前は、この弾道に沿って、大砲をぶっ放せ」
「何だと?」

「素っ頓狂な声を出すんじゃない」
「そんなふざけた真似ができるか!!その弾道ではお前を真正面から撃つことになるだろうが!」

「当たり前だ。協力すると言ったのはどっちだ。つべこべ抜かすな。
最短時間であの馬鹿娘を連れ帰るにはそれしかない。負けたくなかったら、言うとおりにしろ。

なに、お前にアームストロング砲を数発ぶっ放されたぐらいで、この私が死ぬものか。遠慮せず、気前よくやってくれ。
何しろ時間がないんだ。頼むぞ」

私はそう言い捨てて席を立つと、足早に手水舎に向かって、手桶の水を頭から勢いよくかぶった。
町を焼き尽くす戦火の中に突入するには、これでは足らんかも知れないが、この際、しかたがない。

私が境内を走り出ようとすると、西郷が、私の名を呼ぶ声が聞こえた。
ちらりと振り返ると…まあずいぶんと情けない顔で、ひとを見つめていた。

あれでは…。
あの幼な児のように身内の情にはもろい男に、親友に向かって大砲を撃てと言ったのは、ちと苛酷だったか。

まったくあいつは…。
今から日本を担おうというのに、身内の情に溺れてどうする気だ。

ふん、まあいい。
あいつにそれだけの冷徹さがないのなら、こちらは次善の策を考えるまでだ。
…どうするかはまだ、思いつかんが。

なに、人間、追い詰められれば何とかなる。

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