AはアップルのA

□その二
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そんなこんなで…一日目は、出だしのわりには、ハッピーに終わったような気はする。

あの時はよくわかんなかったけど…。
よく知らない世界にまぎれこんで…どうしたらいいか全然わかんなくて…。

私、たぶん、しばらく衣食住は確保したぞっ…てだけでテンション盛り上がっちゃってた気がする。

それどころか、異常なまでに手回しのいい大久保さんの手配で、藩邸の奥座敷のVIPルームか?みたいなところで暮らすことになり。

ぼけっとしている間に、時代劇でおなじみの矢がすり模様の奥女中さんたちが、わらわらいっぱい出てきて。
お風呂に入れられて、日本髪…えと、島田とかいうのに結われて、すっごい高そうな西陣織の振袖とか着せられて。
それだけでもびっくりしたのに、さらに上から、なんか金の刺繍とかいっぱいついた…裾をずるずるっと引きずる着物…ええと…打掛っての着せられて。

一瞬、花嫁衣裳ですか?ってびびったけど…。
鏡を見たら、これってむちゃくちゃ身分の高い家のお嬢様の格好じゃないの?って感じに変身させられていました。

なんだろう、この熱烈歓迎?…とか思いつつ、少しばかりマイフェアレディ的な展開に、舞い上がっちゃってたりもした。

あ、いや、その時は、大久保さんのこと、何とも思ってなかったから…。
マイフェアレディ的展開っつっても、世の中には親切な人もいるなあ…程度の感想しかなかったんだけど。


でもさ。
幕末に落っこちてくるって、そんなに甘いもんじゃなかったんだよね、結局。
だって、ほんと、今まで生きてきた世界と、全然違う場所だもん。


薩摩藩邸に初めて泊まった次の日。

というか、幕末にタイムスリップして、最初の朝。

私は、この時代の日常ってやつにぶち当たることになった。


最初は…よかった。
何だか、甘い花の香りに包まれて、ふんわり夢見心地で目が覚めた。
青い、敷いたばかりの畳の香りもする。
京都の宿って気持ちいいな…カナコも起きたかな…と考えて、なんか首が痛いのに気付いた。ちょっと凝ったというか、無理な姿勢で寝てこわばった感じ。

無理な姿勢…あっ!

私は、今の自分の寝相に気づいた。
枕から頭を落っことして、布団の上で、そりゃ気持ちよく熟睡していた。

がぱっと起きる。
案の定、私が寝ていた場所には、髪につけた椿油が移って、しみができていた。

昨晩は、生まれて初めて日本髪を結った。
だから、固くて小さい枕から、頭を落っことさないようにしながら寝なきゃいけなかったんだけど…。
がんばったつもりだったけど…。
やっぱ無理だった。

あわてて、鏡を見る。
髪は、半分ぐちゃっとつぶれて、ものすごいみっともない有様になっている。
簪もゆがんで、半分落ちかけている。
…つか、この感じだと、下手したら寝てる間に簪が頭に突き刺さってたりして…なんて、ちょっとスプラッタな想像までしてしまう。

こんなへんな頭…誰にも見られたくない…けど…自分じゃ直せない。
つか、髪をほどく方法すらわかんない。

だから、とりあえず、着替えて女中さんを呼びに行こうと思ったけど…。

今度は着物が、着れない。

枕元には、木のトレーみたいのに、着物一式が重ねられて用意されていた。
でも、このぶっとい帯は、どう結べばいいのさ。
それから、この、たくさんの紐。何に使うのか、まったくわからない。

しかたないから、蒲団だけは畳んで、途方に暮れていたら、私の気配に気づいた女中さんたちがやってきて、全部やってくれた。

お掃除をしてくれて、着物を着せてくれて、髪を結い直してくれて。
その間、私は、お人形のように立ってただけ。
なんか、ものすごく情けない。
自分は、幕末では、赤ん坊と同じなんだな…。

朝から、こんなささいな出来事で、私は、自分が皆に迷惑をかけている存在なんだってことを、つくづく思い知らされてしまった。

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