季節もの他

□柑子色提灯・白提灯
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ある秋の日のこと。
私がお菓子を買いに出たら、たまたま通りがかった土方さんから、いきなりかぼちゃをもらってしまった。

「おい、おめえ」
と、呼ばれてふりかえったら、ぽーんと胸元めがけて丸いかたまりが飛んできた。

あわてて両手を出して受け止めたけど、ドッジボールの時みたいに、お腹に衝撃がきて、帯がぱすんと音を立てた。
何だろう…と思ったら、グレープフルーツくらいの大きさの小ぶりなかぼちゃだった。

「土方さん…これ…?」
「女子どもの好きなものは芋たこ南京って言うからな。おめえもかぼちゃは好きだろう?」
「あ…はい…」

私はそのかぼちゃを見つめた。
これ、少し色が淡くて、みぞがくっきりしてるけど…。

「オレンジ色だあ…」

この時代に、緑色じゃないかぼちゃをまた見られるなんて、思わなかったよ。

「おれんじ?」
「あ、いえ、みかん色のかぼちゃなんて、今の日本にあると思いませんでした。ありがとうございますっ」

私がつい興奮して、大喜びしてしまうと、土方さんがちょっと得意そうに笑った。

「珍しいだろう。会津かぼちゃってえ名前らしいぜ。
今さっき会津藩邸で話のタネにといただいたんだが…。
考えて見りゃあ、うちの連中にかぼちゃなんぞ見せても、誰が食うかで奪い合いをおっ始めるだけだ。
おめえにやる」

「いいんですか?」
「ふだん造作をかけてるからな。詫びだと思って取っとけ」

そう言い捨てると、土方さんはいつものように、きびきびした歩き方で去って行った。

な…何だったんだろ?
前におまんじゅうを取られた埋め合わせかな。

そう言えば一度、沖田さんにこの時代のかぼちゃはみんな緑なんですねって言ったことがある。
あの二人、仲いいから、沖田さんが話したのかな。

とりあえず、土方さんがかぼちゃをくれたのは、好意からみたいだったし。
実際、かぼちゃをもらって、私はとっても嬉しかった。

だって、オレンジ色のかぼちゃなんて、幕末で手に入ると思わなかったもん。
すっごいなつかしい。
それに来月はハロウィンだよねっ。なんていいタイミングなんでしょ。ラッキー。

*****

私はうきうきしながら、かぼちゃを自分の部屋に持ち帰ると、さっそく縁側の目立つところに飾ってみた。
黄色やオレンジの端切れがあったから、小さな敷物を縫って、帰りがけに拾ってきたどんぐりや落ち葉と一緒に飾ってみる。

まだ、くりぬくのは早いよね。どんな顔にしようかな。

私はかぼちゃの表面に顔の下描きをしてみた。
次の日、もちょっと怖い顔がいいかな、と思って、消して描き直してみた。
やっぱ怖い顔と言えば…右目を隠した方がいいかな。いや、それは露骨すぎるから、やめとこ。

なんか二十一世紀にいたころを思い出すなあ…。
今まで自分ちでハロウィンの飾りしたことはないけどさ。
お気に入りのケーキ屋にはおっきいかぼちゃが飾ってあって、カナコとパンプキンパイ食べたっけ。おいしかったなあ…。
でもこのサイズだと、パイにするほどの量はないな。ざんねん。

たぶんやっぱり私は、未来がちょっと恋しくなってたんだと思う。
オレンジのかぼちゃひとつで、楽しかった思い出がいっぱい湧きあがってきて、懐かしくていろんなことを考えた。

そうやって、毎日縁側でかぼちゃをながめて、ハロウィンが来るのを楽しみにしてたら…。

あれ?

気配がして振り返ると、襖から女中さんが何人か、様子を覗いていた。
目が合うと、さっと顔をひっこめる。ぱたぱたと廊下を去って行く足音。

その後、お茶っ葉を替えに台所に行ったときも、女中さんたちは集まって何かこそこそと話していたけど…。
私を見ると、ぱっと散ってどこかへ行ってしまった。

…何だろう?

数日後、かぼちゃを持って縁側にいたら、また気配がした。
女中さんかなと思ってふり返ったら、以蔵が呆れ顔して部屋の入口に立っていた。

「お前、土方に懸想していると噂になっているぞ」

え…。
えええええっ!!

「ち、違うよっ」
「それなら何故、土方にもらったかぼちゃにわざわざ恐ろしげな顔を描いて毎日ながめている?」

お…恐ろしげなって…。
そりゃ土方さんの顔は怖いけど…じゃないっ。

「これはハロウィンの提灯にするんだからっ」

******

噂は女中さんたちだけじゃなくて藩邸じゅうに広まっていたらしくて。
私が以蔵に連れられて、志士のみんなの会合している座敷に行ってみると、いろいろと問い詰められてしまった。

「はろいん?何じゃそれは」と龍馬さんが言った。
「俺は知らん。こいつの言うには、西洋では化け提灯を作って肝試しをするらしい」と以蔵。
「そんな面白いものがあるのか!俺もやるぞ」と高杉さん。

肝試しって…そりゃお化けの格好するって言ったけど。
何か、説明を間違えた気がする。

「ふん。女中どもがつまらん噂をしていることぐらい知っておった。馬鹿らしい。
小娘が私以外の男に心を動かされるはずがなかろう」
例によって部屋のいちばん上座にふんぞり返って、大久保さんは言った。

いちおう志士の皆さんの方がお客さんなのになあ…。
私は皆のお茶の用意をしながら、そう思った。

「…さっきまでとはずいぶん態度が違うな」と以蔵。
「大久保さんがおかんむりでなんちゃあ会合が進まんがやき、以蔵に様子を見に行ってもろうたんじゃがのう」と龍馬さん。
大久保さんは無視した。
「だいたいなぜ、唐茄子が柑子色でなければならんのだ?」

そう言われても…。
「えと、かわいいから?」
「くだらん」

「実際にほとんどの提灯の色は、白や赤の系統でしょう。灯をともした時に深緑より映えますからね」と武市さん。
「ふん。たかがかぼちゃの色ごときで会津に後れを取るのは気に食わん」
いや、そこは別に勝ち負けじゃないと思うんですけど。

「あのー…」
なぜか慎ちゃんが、おずおずと遠慮がちに口をはさんだ。
「はろいんって、俺たち、去年長崎のグラバーさんとこでやったんスけど…。提灯、かぼちゃじゃなかったっス…」

「なんと。そうじゃったかの?」と龍馬さん。
「ほら、例の軍艦取引の前祝で俺たち亀山社中から数人と…あと、桂さんと伊藤さんで出たじゃないスか」
「そう言われてみると、なんだかとても大きな野菜の提灯があった気はするけれど、白かったね…」と桂さん。

「最初、通詞のヒコさんが米国ではかぼちゃを使うと説明してくれたんスけど…。
グラバーさんがそれは邪道だ。第一かぼちゃは新大陸のものだから、英国発祥のはろいんでは使わないって断言したっス」

は…?
この時代って…ハロウィンも違うんですか?
…白いって?

「ふふん。また小娘の思い込みか」と、大久保さんが言った。
なんでそんなにうれしそうなんですか。

「えと…慎ちゃん、かぼちゃじゃなくて…何を使うの?」
「正式には、かぶらっス」
「かぶら…って、何?」
「え?」
慎ちゃんは少しあせった。
「千枚漬けに使うあれですよ」と桂さんがフォローしてくれた。「でも私が見たのは…もっと大きかったような…」

「俺、グラバーさんができるだけ大きいかぶらが欲しいって言うから、聖護院かぶらを持ってったんスよ…。
だけど長崎に着いたら、半次郎さんが…」

「半次郎さん?」
「そうっス。グラバーさん家の入口のとこに、聖護院かぶらよりふた回りくらいでかい化け提灯がでーんと置いてあって。
半次郎さんが持って来た『しまでこん』とかいうやつで、薩摩にこんないいものがあるとはって、グラバーさんが大喜びしてたんス。
俺、京都から重たいかぶら運んで来て、肩が抜けそうだったから、思わずへたり込んだっス」
と、慎ちゃんはとっても悔しそうに言った。

しまでこんって…何ですか?

大久保さんは勝ち誇ったように笑った。
「そら見ろ。やはり薩摩は英国にも認められるのだな」

だから、ハロウィンの提灯でなぜそういう話になるんですか。

*****

てなわけで今、私の部屋の縁側には、大きな大きな丸い大根が置かれている。

大久保さんは大根の横にあぐらをかいて、ぺちぺちと平手で叩きながら、
「会津のかぼちゃなんぞより桜島大根の方が数段見栄えが良いだろう。まだ替えがあるからいくらでも好きに提灯を作れ」
などと、とってもご機嫌な顔で笑っている。

「はあ…」
「これで土方に勝ったな。まあ最初から勝負はついていたがな」

だからなんでそんなに張り合うんですか。

「くり抜いた部分も捨てるんじゃないぞ。塩ブリと煮ると美味いからな」
「…作ってほしいんですね」
「食い物を無駄にするなと言っている」

…素直じゃないなあ。

大久保さんが仕事に戻ろうと立ち上がると、入口から半次郎さんが顔を出した。

「大久保さぁ。高杉さぁと坂本さぁが肝試しをどこでやったもすかちゅうてお尋ねでごあっどん…」

大久保さんはため息をついた。
「まだそんな子どもじみた遊びをやりたがっているのか」
「どげんしもんそ?」

「奥御殿の入口に、元禄あたりに幕府の隠密の首なし死体を叩きこんだ古井戸があったろう。あそこはまだ時々幽霊が出るとか言ってなかったか」
「はぁ、そげじゃっどん、高杉さぁが男の幽霊は色気がなかちゅうて…」
「注文のうるさいやつだ。ならば裏の土蔵が確か、太閤時代に長持に押し込められた奥女中が、まだ骨のままで仕舞われてるはずだから、そこにしろ」
「そげん古か幽霊は、もう成仏しといもはんか?」

大久保さんは面倒くさそうに、そのまま部屋を出て行こうとしたんだけど…。

い…行かないでくださいっ」
私は思わず、後ろからしがみついた。
「ど…どっちも、この部屋から近いじゃないですかっ。この藩邸ってそんなに幽霊が出るんですか?」
「出ることは出るらしいが、まだ人を憑り殺したことはないぞ。安心しろ」
「安心できませんっ。ひ、ひとりにしないでくださいっ」

それから私は、大久保さんの思いっきり見下し顔の、いじわるそうな表情に気がついた。

「か、からかったんですねっ」
「小娘が胡瓜のような青い顔をしてひしと抱きついてくるなら、肝試しもそう悪くはない」
「ひ、ひどいですっ」

私が抗議すると、大久保さんは大笑いしながら出て行った。

…もう。
ちょっと油断するとすぐこれなんだからっ。

私は、縁側に置かれた大根を見た。
なんか今年のハロウィンはとっても和風になりそうだけど…。
こういうのも、まあ、いっか。
大根の提灯は、右を隠してタレ目にしようかな、と私は思った。

【Fin】
<2012/9/23>



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