季節もの他

□かまびすしこの夜
1ページ/1ページ


慎ちゃんから冬至用にゆずをもらったので、お礼を持って寺田屋に行ったら、慎ちゃんは留守だった。
代りに高杉さんと龍馬さんがいて、お座敷で二人で、薄いパンフみたいのをのぞいて、うーん…とうなっていた。

高杉さんは私の顔を見ると、嬉しそうに笑った。
「おっ、いいところに来たなっ。お前は西洋の譜が読めるか?」
「えと…楽譜ですか?ドレミくらいならわかるけど…」
「アメリカで今流行っとる唄で『ぎたあ』ちゅう楽器で弾くらしいんじゃが」
「大村が横浜でヘボンさんからもらって来たんだが、まったく読めん。挿絵を見ると弦楽器のようだから、三味線で弾けんかと思って、坂本に相談に来た」
と高杉さん、脇に置いた三味線を大事そうになでながら言った。

なんで楽譜の相談で龍馬さん?
…と思ったら、龍馬さんの脇にも中国っぽい弦楽器が置いてある。
「知らんのか?坂本にかんかんのうを弾かせるとけっこう上手いぞ」
「これは、月琴ちゅう楽器じゃ。おまんにも珍しいかのう」
かんかんのうって、何だろう。
でもその月琴ってやつの方がギターには似てた。くびれがなくてまん丸の、満月みたいな形だったけど。

私は楽譜をのぞいた。ギターの絵の横に書いてあるタイトルは"Silent Night"。
「あ、これ知ってる」
っつか…ギターの歌だったの、これ?イメージとしてはパイプオルガンっつか、もっと古い歌だと思ってたんですけど…。

私が指で英語の歌詞をなぞりながら、歌ってみせると、高杉さんと龍馬さんはおおっ!と喜んだ。
「つまり、こうだなっ」
と、高杉さん、さっそく三味線で弾いてみる。
一回聞いただけで、メロディだけでなくて、アドリブで伴奏までつけちゃうとこはすごいけど…。
きよしこの夜、すっごい和風なアレンジされちゃってます…。なんか落語の出囃子みたい…。

「こうかの」
と、龍馬さんが弾いてみた。今度はとってもチャイニーズな、きよしこの夜になってた。カンフー服の人が出て来てジャーンとドラを鳴らしそうな感じ。

ううーん…。
二人はとっても満足してくれて、その後もああだこうだ言いながら弾いてたけど、なんだかとっても教え方を間違えたような気がしました。

********

薩摩藩邸に帰ってから、思いついた。
そっか、英語の歌詞だったから伝わんなかったのかな。日本語なら、も少し荘厳?な感じの歌ってわかるよね。
んー…どういう歌詞だっけ?
すくいのみこは…の続きは…えと…。

なんて思いながら、きよしこの夜を口ずさんで藩邸の廊下を歩いていたら、大久保さんが家老の小松さんと立ち話してた。
二人は私の声を聞くと、なぜかびっくりしたように、こっちを見た。

えと…。
ちょっと下手くそだったかなあ…。音痴ってほどじゃないんですけど。

「す…すいません…。お仕事の話のじゃまして…」
と、私があわててその場を離れようとしたら、大久保さんが大股でこっちに歩いて来て、私の腕をつかんだ。

「小娘、今の歌は何だ?」
「え…クリスマスの歌ですけど…そろそろ近いし…」
「クリスマス?」
「あ、えと…その…」
どう説明すればいいんだろ。
「イエス・キリストのお誕生日で…あっちでは一年でいちばん盛り上がって皆でお祝いするんで…。つい、浮かれてました。ごめんなさいっ」

でも、大久保さんは私の腕を放してくれなかった。
「小娘、お前の家の宗門は何だ?」
「え?」
「お前の家では弔事や婚礼をどういう流儀でやる?」

ちょうじって何だろ。ってか…。
「こ…婚礼ですか?」
結婚式をどういう風にやるかって…え…なんで突然そんな話に…。てか…ご家老の前で…そんな話って、恥ずかしすぎるんですけどっ。
私は大久保さんの顔をついまじまじと見てしまったけど、大久保さんもなんかものすごく真剣な顔で私の目を見つめていた。
それも…いつもと違って…なんかちょっとだけ不安そうな、いらいらした表情で…。
もしかしてクリスマスも近いし…プロポーズとか考えてくれてる?!

「え…えと…。最近結婚した従姉は…教会でウェディングドレスで式あげて…。すごい素敵だったから私も着たいけど…。
大久保さんが着物がいいなら別にその…」

大久保さんの顔がさらに真面目になる。そんなに見つめられると照れちゃうよっ…。

「教会…耶蘇の天主堂のことか?」
てんしゅどう…ってえと…長崎にあるのってあれ、天主堂って言ったっけか?」
「そ…そうだと思いますけど」

え、え…?もしかして長崎の天主堂の前でライスシャワー…ですか?
あれ?

大久保さん…あの、顔色が青いです。小松さんも…なんでそんなにショックを受けたような顔してんですか?
私、なんか、まずいこと言ったかな?

小松さんは耳の後ろをかいた。
「その、まあ…私の部屋に来たまえ。藩の目付役も呼んで詳しい話を…」
「あ、はい…」
ぐいっ。
私が小松さんの後について行こうとしたら、大久保さんに腕を引っぱられて止められた。
「えっ?」

あれ…なんで?
私は二人の顔を交互に見た。
なんか…あの…猫のケンカかなんかみたいに…お互い隙をうかがってにらみ合ってる…。これはいったい何ですか?

先に、小松さんが笑い出した。
「しかたないな…。僕と大久保さんはちょっと話があるから、君は自分の部屋で待っていてくれないか」
「大久保さん…小松さん…あの…」
「いいから小娘はさっさと行け」

な…何なんだろ?

****

数刻後。
私は言われたとおり、自分の部屋でおとなしくしてたんだけど。

しばらくすると慎ちゃんと以蔵が、部屋の襖をそおっと開けて、入って来た。
きょろきょろと廊下をうかがいながら、小さな声でささやく。
「…大久保さんから急を聞いて飛んで来たっス。姉さん、磔獄門にされそうだって、本当っスかっ」
「あいつが藩の連中の気をそらしている間に、逃げるぞ。俺たちと一緒に来い」
えっ。は…はりつけ?
「開国はしたとは言え、日本人のキリシタンは捕まったら拷問されて殺されるっス。やばいっス!!」
ええっ…。

「あの…うち、一応仏教ですけど…?」
「は?」
「ええっ!?」

*****

その数刻後。
なんか結局、きよしこの夜の話はすごい大騒ぎになっちゃって…。
私を心配して、皆さんが集まって来てくれたんで、藩邸のお座敷は大賑わいになっちゃった。

高杉さんが大笑いしながら言った。
「そりゃ、大久保さんも小松さんも気の毒だ。いきなりご禁制のキリシタンの祈りの文句が聞こえて来たら、肝を冷やすだろう」
「いや、私もお家の一大事とあせったが…大久保さんの顔と言ったらなかったよ」と、小松さんがくすくす笑う。
「あの歌が救世主を称えるオラショじゃったとはのう」と龍馬さん。

「おらしょ?歌って…。救世主?」
「救いの御子やら御母やらと歌っていただろうがっ」と黙って聞いていた大久保さんがやっと口を開いた。

「えと…そか…すくいのみこはみははのむねにって…そういう意味だったんですね…。子どもの頃に音だけ覚えて、深く考えたことなかったです…」
「その程度の日本語もわからんで歌っていたのか、お前はっ!」
す…すみません…。そんなにイライラ怒んなくても…。
だって讃美歌を口ずさんだだけではりつけになるかもなんて思わなかったんだもん。

「まあ、かんかんのうも意味をわかって歌っている人はそういませんからね」と武市さん。
だからその、かんかんのうって何なんですか。

そこに西郷さんが、のんびりした顔で入って来た。小さい茶色いわんちゃんも一緒だった。
「…あったぞ。土蔵の奥からやっとこいつが掘り出した」
「わん」
そう言って、なんか古ぼけた絵付きタイルみたいのを、畳の上に放り出す。

「小娘、とりあえず、こいつを踏め」と大久保さん。
「えー、なんか女の人と赤ちゃんの絵が描いてあって、踏んだらかわいそう」
「…なら磔にしてやろうか?」
大久保さん、目が本気です。あう…。ごめんなさい…。
私はタイルに乗って、ぴょんぴょん、と跳ねてみた。
「これでいいですか?」
「そこまでやれとは言っとらんだろうがっ。…ふん、まあいい」
はああ…と大久保さんはため息をついた。
「利通、何をへたり込んでいる?お御嬢さぁに何い事も無かちゅうんで力が抜けたか?」
「やかましい」

小松さんが吹き出した。
「で…その『クリスマス』とやらが一年で最も大事な行事だと言っていたのは?外国人のように天主堂に集まってミサをするのかい?」
「えーっ、そんなことしないです。ケーキとか…じゃない、ごちそう食べる日だから盛り上がるっていうか…。
一年の最後に恋人同士でデート…じゃない、こっちでは逢引きって言うんだっけ?…その最後の〆の勝負かける日っつか…」
あの…小松さん…そんな、涙浮かべて笑わないでください。

****

それで…とりあえず、この騒ぎは解決。
なんかバタバタしてるうちに夕方になっちゃったら、高杉さんが、
「せっかく坂本と練習したんだから、聞け!」
と三味線抱えてただをこねて、いきなり宴会モードに突入してしまいました。

「そりゃ、歌詞なしで楽器だけならご禁制には引っかからんが…。ええんかのう」
龍馬さんは月琴持って、ちょっと複雑な顔をしていた。

「利通、お前、蛇皮線ひいてみろ」と西郷さん。
「あれはお前の方が上手いだろうが。道之島(奄美)に四年も流されとったくせに」
とか言いつつ、大久保さんは女中さんを呼ぶと、三線を持って来させた。

うわー。
高杉さんの三味線に、龍馬さんの月琴に、大久保さんの三線でクリスマスソング演奏ですか?
ちょっとすごいかも…。いろんな意味で。
なんか三線が加わっちゃうと、すっごくトロピカルになっちゃうし。
ホワイトクリスマスとは縁がない、絶対に雪の降らなさそうな、きよしこの夜。

「じゃあ私は琵琶を…」と小松さん。
「ご家老、あれは止めたのでは?」
「止めたのは仕事に専念するためです。薩長土の友好のために弾くのであれば、やぶさかではない」
「中岡は何か楽器はやらんのか」
「鼓と筝ならございますが…」と女中さん。
「そんなの、俺、演れないっスよ」
「では私が鼓をやろう」と武市さん。
「せ、先生っ」
「じゃあ小五郎が筝だな」
「晋作、お前、毎回わざと女のやるような分担を私に勧めてないか?」
「では、中岡君と岡田君は鳴物(パーカッション)だな。すまんが、拍子木と金ダライも持って来てくれ」
「かしこまりました」
「慎太はでかい金盥より、そこの小さい猪口叩いてた方が似合うだろう」
「以蔵君、それ、ひどいっス」

「で、西郷さんは何を演奏するんですか」と私は聞いた。
西郷さんはにこにこ笑うと、そばでおすわりしていたワンちゃんを、自分の膝の上に仰向けにのせた。
「わおーん…」
ワンちゃんは、お腹を指でなでられて、それはそれはいい声で啼いた。
「ここをこうすると、もっと高い声で啼きもす」
「きゅいーん」
んな、馬鹿な。

何はともあれ、クリスマスに近い、ある日の晩のこと。
皆でわけのわからない演奏で盛り上がって、それは楽しく終わったのでした。

【Fin】

<2012/12/12>



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ