季節もの他

□師走の茶
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そろそろこちらも年末です。
薩摩藩邸では、お部屋の畳を上げて大掃除。私もお手伝いで、いろいろ忙しいです。
未来と違って、年末になるといきなりお正月の飾りつけを作り始めちゃうんだよね。
クリスマスの飾りとかイルミネーションとかが無いのは、ちょっとさびしい。
つか、こっちの暦の十二月ってことは…もうクリスマス終わってる気がするけど、ま、いっか。

大久保さんも忙しいらしくて、朝廷とかいろんなお屋敷とか行ってずっと留守だったけど、その日はたまたま帰って来てた。
他の部屋は掃除中だからと客間に追い出されて、お仕事してる大久保さんに、お茶を持って行きがてら聞いてみた。
「大久保さん、もう十二月も半分過ぎましたよねっ。何か欲しいものないですか?」
「ふん、小娘。そんなに私にお前が欲しいと言われたいか」
こうだもんなあ。
「じゃなくてほら、プレゼント…贈り物とかって、欲しくないですか?」
「別にいらん」

いつものことだけど大久保さん、ご機嫌ななめです。
「何だ、この茶は。色ばかりで味が無い」
「だって…お掃除で忙しかったんだもん」
やっぱ、早くお茶出ろってお急須振ってみたのはまずかったかな?
「それに手ぬぐいを姉様被りにしたまま、人に茶を出すな。片づきません、早く飲んでくださいという顔で見張られていては、おちおち茶も飲めん」
「す…すいません」
「まったく。半人前の分際で歳暮などと気を回しおって」
へ?
「お前が世話をかけている面々には、とうに歳末の礼は配ってある。小さい脳みそで余計な心配はするな」
あれれ?
「えと、お歳暮じゃないですってばっ!
あの、物じゃなくてもいいですけど、大久保さん、私にやってほしいことってありますか?」
「ゆっくり茶を飲ませろ」
「…」
だから、そういうことじゃありませんって。
うーん、タイミングが悪かったかなあ。
その後、いろいろ説明して大久保さんが私にやってほしいことって聞き出したんだけど…。
これ…ほんとにこんなのでいいんだろうか?

****

翌日。
お掃除が終わり、年越しの飾りつけも終わってすっかりお正月ムードになった藩邸で。
私がお勝手でおせちの準備のお手伝いをしてたら、なんかすっごくわざとらしく、ぱんぱんと手を叩いて呼ぶ声がした。
「おい、茶を持て」

しょうがないなあ。
今度はちゃんと手ぬぐいとタスキを外して、鏡を見て、櫛とかもちゃんと直して、ぴしっとした格好に改める。
廊下で敷居の前にちゃんと座って、声をかけて、両手で静かに襖を開けて、と。
大久保さん、注文細かいよなあ。

部屋に入ると、龍馬さんと慎ちゃんもいた。
「おお、お邪魔しとるぜよ」
「姉さん、こんにちはっス」
いつもだったらここで、元気?とか聞くんだけど、今日は大久保さんのリクエストがあるから。

正座をして、お盆を畳に置くと、両手をそえておしとやかに湯呑みを配った。
「粗茶でございます」
「そ…そちゃ?」
「ね、姉さん?」
そのまま、畳に指をついてお辞儀をする。
「どうぞ、ごゆるりとなさりませ」
「うむ」と、大久保さん。
目をまん丸にして黙ってる残り二人を置いて、私はしずしずと部屋を出た。

んで、廊下に出たんだけど。
はああ…疲れたよっ!
昨日から何回も、特訓させられたから、間違ってなかったと思うけどさ。

部屋の中から、急に笑い声がした。
「可憐っス!いつもの明るい姉さんもいいけど、俺、どきっとしたっス!」
「いやあ、こけんように、つっかえんように頑張っちょった様子が愛らしかったのう」
「ふふん。小娘にもそろそろ武家の嫁らしい所作を仕込まんとな」

どうやら、評判はいいようです。
だけど…最初のクリスマスプレゼントって趣旨からは…それてるよね?絶対に違うと思います。

*****

二人が去ってから、私は大久保さんに聞いてみた。
「大久保さんって今までずっと、私に『粗茶でございます』ってお茶出してほしかったんですか?」
「馬鹿を言うな」
そう言いながら、大久保さんはまた、お茶を飲んでいる。
今日は昨日のお詫びもかねて、思いっきりていねいに淹れたから、文句はないみたい。
「…それぐらい、気持ちを込めて茶を淹れろと言うことだ」
「はい」
「それから、だ。『ごゆるりと』と言ったら、お前もゆるりとしろ。さっさと部屋を出て行くんじゃない」
「…はい」
大久保さんってほんと、お茶好きって言うか、こだわるなあ。
私がそう言ったら、大久保さんは少し、不満そうな顔をした。
「茶などいちいちこだわるほど好きではない」
「じゃあ、何が好きなんですか?」
大久保さんは、私の顔をちらりと見た。それから、ふん、と鼻を鳴らして、湯呑みが空だと言った。
「こだわっとるのは、淹れる人間の方だ。二度と私の茶に、手を抜くなよ」
「はいはい。大久保さんのお茶は、誰よりも心を込めてていねいに淹れますね」
「はいは一度だ」
よくわかんないけど、大久保さん、嬉しそうだったから…。
ま、これでいっか。

<2013/12/10>


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