さらば愛しき馬鹿娘

□第六章
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和田さんは、にこやかに、でもなんだかちょっぴり説教口調で言った。

「杉浦さん、まさか今からすぐに幕末に飛んで行くつもりではないでしょうね」

えと…。
あの…。
ちょっと、そのつもりでした。

「悪いの?」
と、カナコが私の代わりに答えた。

和田さんは、いかにも、困ったものだ…と言いたげなため息をついた。

「気持ちはわかりますが、こういうことはその場の感情に任せるものではない。

だいいち、私が困る。
女子高生が突然消息を絶って、その最後の足取りが独身男が一人でやっている店の地下で途絶えていた。しかも地下には奇妙な祭壇らしきものがあって、そこに女の子の髪の毛が落ちていたなどという話になったら、どうにも言い開きができませんからね」

う…。
そう言われてしまうと…確かに、はた迷惑かも…。

幕末だったら、神隠しで済んじゃうけど…。
現代っていろいろ面倒なことになりかねないよね。

「和田って名前だから…桂さんの縁戚かと思ってたけど…、やっぱりそうなんだ。
なんで最初から、そう言わなかったのよ」

と、カナコは和田さんをにらみながら言った。

「なんで、この遺跡のこと、隠しておいたの?
なんで、ゆうに大久保さんの手紙だけ見せて、すっとぼけてたのよ?」

「え…?」

「和田って言うのは、桂さんの実家の名前」
「実家って…え…お嫁に行ったわけじゃないのに?」

カナコが一瞬、沈没しかけた。

「養子に行ったの。あの人もともとは、和田っていう医者の息子なの。つか…なんで、嫁なのよ?」

「いや…だって桂さんって、花嫁衣裳とか着たら似合いそうだったし…」

和田さんがクスクス笑った。
やっぱ、この人にもあきれられたかな…。

私は尋ねた。
「ここ…アンティークショップの地下、なんですか?」

「正確には、うちの店の地下からも入れる…ということです。昭和の時代に防空壕を堀りましてね。その時、この遺跡への通路も繋げたんです。
まあ、京都なので結局、防空壕としてはほとんど使いませんでしたが…。配電や空調は随分楽になったそうです」

「えーと…つまり…。
ここの空気がいいのとか、ライトが灯いてるのは、和田さんがこの遺跡の中を時々お手入れしてるから?」

「そうですね。やさしい言葉に直せば、そうなります」

あ…なんか、笑いをこらえるような表情された。
うーん…。

なんか和田さんって…。
ほんと顔や体つきとか、桂さんにそっくりなだけじゃなくて…。
性格もすごく似てるかもしんない。

にこやかに冷静に、いかにも常識人って口調で、学校の生活指導の先生みたいな態度取ってくれるけどさ…。
その、しれっとした顔の裏で、なんかちょっと悪ガキっぽいっていうか…むちゃくちゃ非常識で派手なとこもある。

ふつう、一介のアンティークショップの店長さんは、店の地下で古代遺跡の維持管理なんかしてませんって。

カナコが言った。

「私も和田家のことはよくわかんないけど…。
大久保さんにバレないように、こっそり店を買い取って…ずっとここを維持・管理してきたってこと…?」

「そういうことです。
桂は…かなり慎重な人間だったようですね。片方の家にだけ指示を残せば、断絶することもありうる。

だから、和田家には京都でこの遺跡と店を代々守れと命じた…。そして木戸家には、20XX年に東京で杉浦さんを見つけて、この洞窟に連れて来いと命じた…。
どちらかが失敗した場合、もう一方が自分の仕事を全うしようと思えば、もう片方の仕事もしないといけなくなる。
よく考えたものです」

「だったら、和田家も、ゆうが幕末に行けるように手助けしろって、そう伝えられて来てるのよね?
なんで今さら、行くなって止めるのよ?」
と、カナコは少しイラついたように言った。

「止めてはいません。
ただ、私は幕末や明治の人間ではない。杉浦さんの失踪のお手伝いはしません。

どうやら杉浦さんは今、この地下の神社の存在を知ったようですね。当然、ご両親やご家族には説明をなさっていないのではないですか。

私は、今日はここで一旦引き上げて、ご家族を説得してから出直していらっしゃい、と言っています。」

私は、どきっ、とした。

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