さらば愛しき馬鹿娘

□第五章
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スズミが小部屋を開けた途端、何かすごくなつかしい香りが、ふわっと漂ってきた。

「和室になってる…」
「え?」

カナコと私は、その小部屋に続いて入った。

小部屋の方にも、天井近くに明り取りの窓があって、いっぱいに月光が差し込んでいた。
眼の前にも小さな窓があって、こちらからも光が入って来ていた。

そして、どこかの和室をそのまま再現したように、畳や、小さな文机や、衣桁…つまり和服を掛けたついたてみたいなやつが置いてあって…。
ついたての下には、いくつか長持…つまり、籐で編んだ四角い物入れみたいのも、いくつか置かれていた。

私は、ついたてに掛けられた振袖を見て…動けなくなった。

ところどころ牡丹の花の模様を散らした、ちょっと可愛い柄の振袖。
すごいよく覚えている。

この着物の柄のせいだろう。あの日、弥助君は、私を見て言った。


----じゃ、ボタンドーローだ。化け女がショースケに惚れて出てきたんだ。


あの神社で、私が二回目に過去にタイムスリップした時に、着てた振袖。
だけど、なんでこの着物が、こんなところにあるんだろう。

カナコは、そんな私の姿をちらりと見てから、「長持の中、開けてもいい?」と聞いた。

私はうなずいたけど…なんで私に聞くんだろうとも思った。

カナコは長持のふたをゆっくり、大事そうに開けた。そして、中に入っているものが見えるように、私の方に傾けて見せた。

いちばん上に入っていたのは…ひどく色あせて、まるで百年以上たったもののように見えるセーラー服だった。

私は思わず走り寄って、長持ちの中身を乱暴に、次々と出して行った。



いちばん最初に私がもらった西陣織の着物。

藤の意匠の、銀細工のかんざし。

私がこっそり買って、大久保さんにバカにされた絵草紙。

上手く書けたと習字のお師匠さんに言われたのに、大久保さんに見せたら下手と言われた手習いの宿題。

慣れないつけペンで英語の絵本をコピって、頑張って和訳つけて、自分で装丁した自己流の英語テキスト。

お祭りの日に、二人で町人に変装した時に、私が着た小袖。

二つに折れて使えなくなったけど、こっそり大事にしまっておいた羅宇。



…色んなものが入っていたけど…全部、私が、幕末に置いて行って…もう二度と見られないと思っていた宝物だった。

なんで…こんなものが、ここにあるんだろう?

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