短編集

□煙草喫みの言い訳
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それは二本松藩邸まで、大久保さんの書類持ちでついて行った日の、帰り道。

大久保さんがごほうびにお菓子をおごってくれると言い、掛茶屋…今でいう茶店ですね…の軒先の緋もうせんに二人で腰かけた。

私は何を頼もうかなあ…としばらく悩んでいたんだけど、大久保さんはさっさと手を打って店員を呼び、たばこ盆をレンタルした。
腰のたばこ入れから、ご愛用の銀ギセルを取り出して、ちょいと優雅な手つきで火をつけると、すっかりくつろぎモードで吸い始める。

…なんだ。
茶店に寄ったのは、結局自分がたばこ吸いたかったからでしたか。

いや、おごってもらう身で、そういうことを言ってはよくないか。

私は自分のぎんつばをつつきながら、でもちょっと煙いな…などと思った。

大久保さんは私がそんなことを考えてるのも知らず、キセルの先でたばこ盆をコンコンと叩きながら、
「この羅宇(らう/キセルの管のこと)も詰まりやすくなったな…そろそろ、すげ替えるか」
などと言っている。

大久保さんはほんとにたばこが好きみたいで、道具にはけっこう凝る。時々、自分でたばこの葉を刻んでいたりする。

けど…。

「…大久保さん、そんなにたばこばっかり吸って、体によくないんじゃないですか?」

幕末の人に言ってもしかたないけど…やっぱり肺がんとか、怖いよね。

「やっぱ、たばこって…百害あって一利なしと言うか…」
「なに、利ならあるぞ」

「あるんですか?」

「ああ。頭が晴れ晴れとして、バカな小娘がくだらんことを言っても、大きな気持ちで笑って許そうという気分になる」

また、そういうことを。
ちょっと、ムカっとする。

「たばこは煙を吸わされる方にだってよくないんですよっ」
と、当てつけがましく、ちょっと大久保さんから離れてみる。後ずさりして、
「これくらい離れたって、煙を吸ってると…」

「おいっ、後ろ…!」

「きゃっ!」

どん!っと私は背中から思い切り誰かにぶつかった。

同時に、ぷぅんとお酒の匂い。

振り返ると、なんだかとにかく体の大きい、薄汚れた着物の浪人みたいな人が、ふたり。
酒臭いし、私を見てへらへらっと笑って、すごい嫌な感じの人たちだった。

「なんだなんだ、このアマ」

私は、店の前をちょうど歩いていたこの人たちに、ぶつかっちゃったみたい。

「ごっ、ごめんなさい」
「何、武士に突き当たっておいて、御免ですむと思うか、そこへ直れっ!」

相当酔っぱらっているみたいで、いきなり刀を抜こうとする。

大久保さんは、あきれたように、はぁとため息をついて、立ちあがった。
「小娘、おまえは菓子ぐらいおとなしく食えんのか」

そういうと、ひょいと私を引っ張って、自分の後に立たせると、ふたりの浪人の前に立つ。

「申し訳ない。連れが不調法した。このとおり、何もわきまえの無い愚鈍なおなごゆえ、ご容赦願えぬか」

「けっ、ご容赦とは…尻腰のねえ痩せ侍がっ。女連れでにやけていても、いざ刀を抜くのは怖いか」
「それが謝る態度かっ。娘と一緒に四つに斬ってくれる」

そう言って、唾を吐きかけてきた。

「…小娘ごときを避けられんだけあって、こいつらも愚鈍と見えるな」
と、大久保さんは、ものすごーく面倒くさそうに、言った。

「何をっ」

二人が一斉に刀を抜いて、斬りかかってきた。

それと同時に。

大久保さんが、ぽん、とキセルを叩くと、火のついた灰の塊が勢いよく飛び出し、左側にいた浪人の眉間に当たった。
「ぎゃっ!」

そのまま、袈裟がけに斬り下ろそうとした右側の浪人の懐に飛び込んで、キセルの先を思い切り、みぞおちに突き立てる。
「ぐぉっ!」
右側の浪人は、そのまま悶絶した。

その勢いで、大久保さんのキセルは二つに折れていた。
左の浪人は、ようやく体勢を整えて、斬りかかろうとしたけれど…。

その喉元には、すでに大久保さんが折れたキセルの先を突き付けていた。
浪人は、そのまま硬直し、動けなくなった。

「喉仏をつぶされたくないのなら、このまま大人しくどこかへ消えることだな」
「ひっ」

大久保さんは空いた方の手で、地面に小判を投げた。ちゃりん、と景気のいい音がする。

「小娘の不調法のわびだ。取っておけ。そして、二度と顔を見せるな」

浪人は、はいつくばってそれを拾うと、連れを必死に引きずりながら、逃げて行った。

大久保さんは、やれやれといった風情で、肩をすくめてみせた。

「ご…ごめんなさいっ。私のせいで…」
と、私は言った。

ふん、と大久保さんは鼻先で笑った。折れたキセルのもう半分を地面から拾いながら、
「まあ…こういうふうに、たばこを吸っていると便利なこともあるわけだ」
などと、うそぶいた。

そ…そこですか?

「あの…キセル、折れちゃって…すみません…」
「なに。どうせ羅宇は買い替えるつもりだったからな」
そう言いながら、私の手をつかんで、二つに折れたキセルを手のひらの上にのせた。
「小娘、こいつはお前が弁償しろ」

「ご…ごめんなさい…」

「まあいい。お前は知らんだろうが、キセルの羅宇と言えば、おなごが惚れた男に贈るものの代表格だ。
お前に私のキセルの羅宇を買う権利を与えてやるんだ。光栄に思え」

「…は…?」

大久保さんは、あっけにとられている私を無視すると、茶店の主人にもやはり小判をあげて、さっさと茶店を出た。

「行くぞ」

そう言って、すたすた歩きだしてしまう。

「あ…待って…」

うーん…。

よくわかんないけど。

私は、手の中の折れたキセルをながめた。

この吸い口、さっきまで大久保さんがくわえてたんだよね。

どんなの買えばいいか、見当もつかないけど。
せっかくご指名いただいたんだから、なんとかがんばって選ぼ。

私は、なぜか知らないけど、妙にうれしくて。

大久保さんの後ろを歩きながら、大事に大事にそのキセルを握りしめて、藩邸に帰った。

【Fin】


*****
ちなみに、タイトルの「煙草喫み」は「ヘビースモーカー」の意味です。
<2011/7/30>


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