短編集
□カナコの友情事情
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さらば愛しき馬鹿娘の裏ストーリーです。
第二章より前に読むのがおすすめです。
もちろん、読んだ後でもお話は楽しめます。
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[東京駅八重洲南口]
【蒼凛高校】カナコ
ふう。
とにかく安さ重視で選んだ夜行バスに乗り込むと、私はため息をついた。
なんか…その、せまっ…。
これに乗って、今からほとんどまる一日かけて、本家の大叔母様のところに行くわけだ。いくら剣道で鍛えた十代の体力っつっても、これは相当しんどそうだな。
まあ、お年寄りだから仕方ないけどさ。大叔母様もメールやっていてくれればいいのに。
なんか、自分で書いてて思ったけど、そもそも「本家の大叔母様」って響きがすごくない?
うちは、その辺のふつうのサラリーマン家庭で、ふだんはそういう「本家」とかとつきあいはないんですけどね。
「本家の大叔母様」は、もう、前世紀のひとというか、いかにも地方の名家の女主人ですよって感じの人で、いまどき普段着に藤色の和服なんか着てたりする。
名家だったら、交通費出してほしいなあ…とは思うんだけど。
なんか、妙に厳しい雰囲気のする人で。
非常に話しかけにくいっつか…お金くださいなんて言ったら、ものすごい雷の落ちそうな感じで、かなり怖い。
でも、私は、その大叔母様に確かめなきゃいけないことがある。
事の起こりは…たぶん、私が剣道の試合と、その後の打ち上げの動画を、いとこに送ったことだと思う。
いとこが言うには、その動画をたまたま見た大叔母様が、ものすごく驚いて、それはもう食い入るように見ていたそうだ。
で、春休みに、いきなり大叔母様から私をご指名で、本家の土蔵の整理を手伝えって言ってきた。
土蔵ですよ、いまどき。
若い人間ならいとこもいるのにさ、なんで私が…と思いつつ、行きましたよ。パパが、自分には断れないってびびるんだもん。
そして、土蔵であれを見せられた。
「これは、1866年に大坂の薩摩藩邸で撮影した写真だと、記録にはあるんですけれどね。
詳しい人に調べていただいたら、横浜写真と呼ばれる種類のもので、外国人写真家がよく使っていた手法らしいの。
技術的にも、当時としては最先端のものらしいから、有名な写真師を大坂まで呼びつけたか、それともたまたま撮影旅行中に撮られたものか、どちらかになるわね」
大叔母様が、長々と説明して出してくれた写真には…私と同じ剣道部にいる親友と、そっくりな女の子が「風と共に去りぬ」や「若草物語」に出てくるみたいな服装で写っていた。
本来は白黒の写真のはずだけど、当時の流行とかで後から色が塗られていて、緑のドレスを着てほんのり頬を染めたその子は、とても幸せそうに見えた。
まるで、カメラのちょっと脇あたりに、大好きな彼氏でも立っているかのような、そんな表情。
写真の隅に書き込まれたメモには、大叔母様の言うとおり「慶応二年」という日付と、親友と同じ名前が書いてあった。
私は、思わず笑ってしまった。
「すっごい偶然…。大叔母様、あの動画を見ただけでよく気づきましたね」
「偶然…ね」
大叔母様は、軽く、ため息をついた。まるで、何もわかっていないわ、この子、とでも言うみたいに。
「あなた、東京の蒼凛高校で剣道部をしているんですってね。そして、彼女と親友になった…それこそ、偶然だわ。運命を感じるぐらいに」
「は?」
「この少女にはね、昔から、代々伝えられてきた物語があるのよ。昔の、本家の当主がね、20xx年までは絶対に途切れることなく子孫に語り伝えろって、それは厳しく命じたらしいの。そして、この子の関係者を探して、何があったかを知らせるようにって」
「20xx年って…今年ですか?」
「そう。この話は、今まで本家筋にしか伝えて来なかった話だけれど…あなたにも伝えなければいけなさそうね。でも、今ではないわ」
「へ?」
大叔母様は、軽くいらっとした感じで、頭をふった。
「私も…あんまり馬鹿げた話だとは思うから…それが起こってみてからでないと話したくないのよ。…それに、事前に話してしまえば…きっとそれは起きないから…」
「…え、えと…」
この人は、何を言っているのだろう?
私は、大叔母様が何か変になっちゃったんじゃないかと思った。
…というか、もともと妙にレトロで尊大で、変な人だし。
なんか、レトロに憧れすぎて、現代と幕末と区別がつかなくなっちゃった…のかな?
でも、大叔母様は、きっぱりと、自信ありげに、
「今年中に、あなたはきっと、この続きが聞きたくなるわ。そうしたら、また、私のところへいらっしゃい。
そうね、ひとつだけ助言をしておきます。お友達とキーホルダーを買うときは、必ずおそろいの物にしなさい」
と言った。
その時は、本当に変な人だなと思って…そのまま東京に帰ったけれど…。
つい先日、私の周りで…というより、私の親友に、本当に奇妙なことが起きた。
もしかして、私なんかよりずっと頭のいい人なら、理屈を立てて説明できることなのかもしれないけれど。
私には、とても説明がつかないような、奇妙な出来事だ。
だから、私は、大叔母様に問い正さないといけない。
その、代々語り伝えられているという、不思議な女の子の物語について。
私の親友に何があったか、そして、私に何がしてあげられるのか…。
その物語を聞けば、きっと、わかる気がする。
それが、今の私に残された、唯一の手がかりだから。
私の乗った夜行バスにエンジンがかかった。座席からぶるぶると振動が伝わってくる。
あー、やっぱ格安はクッションも悲惨。
でも、そんなこといってられない。
だって、いちばんの親友の一大事だもん。なんとかしなくちゃ。
なんとか…私にできるのかな?
バスが走り出し、窓の外を夜の街の風景が走り出した。
すぐにバスはハイウェイに入り、目の前にはただ、殺風景な暗闇が猛スピードで駆けていくだけになった。
幕末…?
時間旅行…?
まさかね…。
ただ、暗い夜の底のない闇が、ただ延々と続いている風景を見ていると…。
自分まで、どこか暗い時代に引きずり込まれて行きそうな気分になってくる。
大丈夫…。
私は自分に言い聞かせた。
このカナコ様に任せておけば大丈夫。
そう、いつもあの子に言っていたじゃない。
だから、今度も大丈夫だよ。
きっと…、そう、絶対大丈夫。
【Fin】
<2011/8/1>