短編集
□Take Me Out to the Ball
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≪Take Me to the Ball≫
大坂の薩摩藩邸へ出張した次の日のこと。
朝起きたら、いきなり私の部屋にどかどかっとものすごい数の箱が運び込まれて、山積みにされた。
「何ですか…これ?」
「いいからさっさと着替えろ」
大久保さんは箱の数を確認すると、ふんとそっぽを向いて、部屋を出て行ってしまった。
「着替えろ…って…もうちゃんと身支度は整えてるんですけど…」
そう言いながら、箱のひとつを開けてみて、思わず絶句してしまう。
もう絵に描いたような、超少女マンガ風のフリッフリで、スカートのぽわんと広がったドレスが入ってました。
これって…映画でしか見たことないけど…なんてタイトルだっけ?…風とともに何とか言うやつ。
他の箱を開けてみると、パラソルだの小さな花のついた帽子だの…レースで埋もれそうな下着だの…一揃い入ってた。
ど…どういう出張なんですか、これ?
まあ…大久保さん出てっちゃったし、仕方なくドレス着たけど…とゆーか、やっぱりきれいな服は嬉しかったんだけど…。
きついよ、これ。女中さんに手伝ってもらったんだけどウェストとか…思いっきり締め上げられました。
でも遅くなると怒られるから、大急ぎで支度して出て行くと。
大久保さんも着替えてた。
「遅いっ!」
裾が膝まである黒い上着に白いふわふわのタイに…胸には一輪の白バラ。
斜に構えて、
「小娘は、よほど私に叱られたいと見えるな」
などと、冷たく唇の端で笑う姿が、妙に似合いすぎるのが、かえって怖い。
「あの…これはいったい…」
「急がんと遅れる」
私の質問は思い切り無視されて、ぐいと手をつかまれると、そのまま引っ張られるように、はしけ船に乗せられてしまった。
「せ…説明してくださいよっ」
大久保さんは知らん顔で「英国策論」とか書いた小冊子を読みふけっていたが、やがて顔を上げると、ちょいと沖を見て言った。
「あれだ」
そこには、海の中にそびえ立つ黒い城のような、大きな蒸気帆船。
「英国公使が艦隊で近場まで来ると言うから、政治交渉してやろうと思ったら、洋上舞踏会を開くから女連れで来いとぬかしおった」
「ぶっ…舞踏会?私、踊れませんよっ」
「何だ、踊れんのか。まったく何も知らん小娘だな…ふん、まあいい」
もう。最初から言ってくれればいいのに。…て、もしかして。
「…大久保さん、私を舞踏会に誘うのが、照れくさかったんですか?」
「何を馬鹿な。くだらんことを言うな」
…どうもそうらしい。
でも…英国公使って…どうしよう。英語通じるかな…?
と、思ったんだけど。
はしけごとロープで引き上げられて、蒸気船に乗り移ろうとすると、さっと手を出してくれた若い金髪の士官のような人に、
「これは可憐なお嬢さんだ。遠路はるばると、このようなむさくるしい船にようこそ」
と、言われた。
わ…私より日本語うまい…。
そのまま、彼の手をつかもうとしたら、大久保さんがいきなり私をひょいとすくい上げて、お姫様抱っこで英国艦に飛び移った。
私は真っ赤になって
「ひっ…人前で何するんですかっ!」
と抗議したけれど、大久保さんはぜんぜん悪びれたふうはなくて。
「なんだ、イギリス男の手を握りたかったのか?」
「ち、違いますっ!」
つ…疲れるよ…。もう…。
洋上パーティーは、すごい素敵だった。
デッキには、派手ではないけれど、英国だなあ…って感じの飾りがされてて、バイオリンとかいろんな楽器を弾いてる人がいて。
イギリス以外にもいろんな国の人が来てて、他の人のドレスとかもきれいだったし。
テーブルに並んだ料理も、なんか久しぶりに食べるなあってうれしくなったスコーンとかプチフールとかが、すごいおいしくて。
サンドイッチは…半分かじったら大久保さんに取られた。
幕末の人って…間接キスとか気にしないんだろうか…って、私はひとりでオタオタしちゃったけど、わざとやってるのかな、あの人の場合は。
ワルツとかも踊ってみたけど、大久保さん、
「なに、私に体を預けていればいい」
と豪語するだけあってリードがすごいうまくて。
ついでに言うと、踊る姿もむちゃくちゃかっこよかったです。
なんか、あの人にはできないことはないのかなあ…なんて、ちょっと思った。
いちいち、
「なかなかいい腰をしている」
とかセクハラ発言をするのは、何だかなあ…って思ったけど。
あと、英国公使の人とか出てきて
「お嬢さん、私とも一曲いかがですか」
って言ってくれたのを、大久保さんってば冷たく断っちゃったりして、外交のお仕事なのにいいのかなあ…と思ったけど。
だけど…。
すごい楽しかったのに…。
船の上は、お日様がさんさんと差していて、ちょっと暑かったせいかも…。
なんかまぶしくて…。
「…小娘っ!?…」
私、いっぱい動いちゃったせいか、ドレスのウェストがきつすぎたせいか、そのままクラクラって倒れちゃった。
うーん…はずかしい…。
目が覚めると、私はもう大坂の薩摩藩邸に戻ってて。
大久保さんが、何かものすごーく心配そうに顔を覗き込んでた。
心配かけてごめんなさい、もう大丈夫だって言ったら、
「ふん、いちいち世話の焼ける小娘だ」
と言われたけど。
「でもね、今日、すっごく楽しかった。ありがとう」
「…まったく能天気な。少しは反省せんか」
「大久保さんは楽しかった?」
と、聞いたら、口の中でぶつぶつと「悪くはない」とか言うので。
「ねえ、楽しかったんでしょ?」
と、問い詰めたら、
「何をしつこくこだわっているんだ。お前は子どもか?」
と、怒られた。
なんで、正直に楽しかったって言えないんだろ…この人は。なんて思ったけど。
なんか可愛いからいいかなあ…。
【Fin】
<2011/8/13>