短編集

□名前の由来
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この話は、さらば愛しき馬鹿娘の第二章までを先に読むことをお勧めします。
読まなくても、話はわかります。

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≪名前の由来≫

たしか小学校の時だけど、宿題で自分の名前の由来っての、調べたことがある。

だけどさ…なんと、私の名前って、おばあちゃんも、ひいひいおばあちゃんも同じ名前なんだよね。
珍しいっしょ?今時、先祖代々同じ名前なんてさ。
それも、男じゃなくて、女の方で、同じ名前使うなんて、そうないよね。

だいたい…今でもけっこう通用する名前なのに、そんな昔に生まれた女性でも、この名前だったってのが、面白い。

なんでそうなったの?っておじいちゃんに聞いたら、なんか明治ごろに、偉い人につけてもらったかららしいです。
そのころの、うちの先祖はいまいち学がなかったのか、それともなんか別の理由があったのか、偉い人ってだけで、どこの誰かまでは伝わってないんだけどね。
でも、なんかとんでもなくむちゃくちゃ偉い人だったらしい。

その人はきっと、たいして何も考えず、名前をつけてくれたんだと思うけど、うちの先祖は何しろ庶民だから。
すっごい偉い人に名前をつけてもらった…ってことで、感激しまくっちゃったんだろうな。
で、何だかわかんないけど、女の子が生まれて、生きている家族にその名前がいない場合は、私と同じ名前にする…って習慣になっちゃったらしいです。
ま、私としては、この名前は気に入っているから、いいんだけどね。

なんでうちみたいな庶民が、そんな偉い人に名前をつけてもらったかと言うと、それは完全に偶然らしい。

ベタな話で、ひいひい…(いくつかしらないけど)おばあちゃんが、まだ十八くらいで、初めての子どもがお腹にいた時、道を歩いてて気持ち悪くなったんだって。
で、ふらふらっと車道に倒れ込みかけた。

ま、車道っつっても、当時は自動車じゃなくて馬車なんですよ。
いや、馬にお腹を踏まれたら、大惨事だから、危ないことには変わりないんだけど。

ちょうど目の前に馬車がせまってきて、ひいひい…おばあちゃんは、もうダメだって思ったらしい。
でも、馬は高く前脚を上げて踏みとどまって、こけそうになりながらもおばあちゃんを避けた。(偉いぞ、馬!)
お蔭で、馬車の方がひっくり返りそうに傾いちゃったけど、こっちも何とか元に戻った。で、何事か…って、乗ってた偉い人が降りて来たらしい。

明治の初めの話だから、皆、着物で町を歩いてた時代の話だけど、その人は、異人さんみたいに舶来物の洋服でビシッと決めてた。
で、ひいひい…おばあちゃんの言うには、世の中にはずいぶん見目麗しい人もいるもんだと思ったって言うんだけど…。
いいのかな、ひいひい…おばあちゃん、その時には新婚さんなのにさ。

で、その見目麗しい人?にひいひい…おばあちゃんは介抱してもらって、うちの道場に送り届けてもらった。
うー…すっごい、ありがち。

で、ひいひい…おばあちゃん、なんでふらふらってしてたかと言うと、まあ、妊娠してたせいもあるんだけど…。
当時、うちの道場は潰れかけてて、なんかいろいろ苦労が重なってて、たいへんだったかららしいです。
まあ、これもむちゃくちゃベタな話ですが…。明治になって武士がいなくなったから、道場の弟子が減って、経営が傾いて…ってやつですね。

とにかく、ひいひい…おばあちゃんを送り届けてくれたその偉い人ってのが、その話を聞いて、なぜか自分のことのように心配してくれたんだって。
いい人だ。
なんか、ひいひい…おばあちゃんが、昔知ってた女の人に似てて驚いた、姓も同じだから、他人とは思えないとか何とかいう理由で、いろいろ世話をしてくれたそうです。
あと、理由はよくわかんないけど、道場がつぶれたらその人も困るとかなんとか…謎の言葉も残してったそうです。

で、昔はなんて言ったかしらないけど、警察学校?みたいのの教頭だか校長だかと、その偉い人は知り合いだったんで、そっち経由で剣術の出張指導の仕事を紹介してくれた。
お蔭でなんとか資金繰りもうまく行くようになったし、外部で指導した生徒さんが道場に来るようになって、弟子も増えた。
その偉い人のお蔭で、うちの道場は廃業寸前のところを助かったってわけ。

あ、まあ、ひいひい…おじいちゃん、道場が無名な割に強かったし、その偉い人も、ちゃんと剣の実力を見てから、紹介してくれたんだけどね。
紹介先の警察学校の人ってのも、むちゃくちゃ剣術が強い上、なかなか厳しい人だったらしい。東京で一、二を争う桃井道場の塾頭だったこともあるとか言うすごい人だったらしいし。
だから、ふつうは町場の道場主程度だと、あっさりやられて認めてもらえなかったんで、ひいひい…おじいちゃんは、それなりに剣が立った人だったってわけだ。

もちろん、その偉い人に見出してもらえなかったら、いくら強くっても仕事無くて、道場も潰れてたわけだけどね。

そんなこんなで、いろいろあって…。
その偉い人にはお世話になったけど、うちは貧乏だから、お礼ができなくて…。
ひいひい…おじいちゃんと、ひいひい…おばあちゃんが悩んでいたら、じゃあこんなワガママを言ってすまないが…ってな感じで、もうすぐ生まれる赤ちゃんの名前を、女だったら、こういう名にしてくれ…と頼まれたんだって。
できれば、代々その名前にしてくれると助かる…って、何が助かるのかわかんないけど、そう言われた。

その時、うちの方でも、男だったらこんな名前付けるって決めてあったけど、女の子の名前はなかなか決まらなくて困ってたから、いいですよって話になって。
で、うちの家系では、女の子には代々、その名前をつけることになったらしい。

うーむ…。

書いてみて、やっぱり思うけど、つくづくベタな話だよね…。
そう、以前は、私も思ってた。



でも…最近、この話を思い出して…。

この、偉い人の正体、誰だろうって考える。

まさか…あの人…なのかな。

そんなこと、ないよね…。

もしかして、ひいひい…おばあちゃんが助けてもらったのって、偶然じゃなかったんじゃないかな…なんて。
その偉い人って、うちの道場、わざわざ探してたんじゃないかなって…。

そうやって…私の先祖を探して、守ろうとしてくれた?

何しろ、私の行く先々で、危なくないように前もって事細かに手配しておいてくれたり…。
私が何かしようとすると、どうせこの辺で失敗するだろうって(で、ほんとに失敗しちゃうんだけど)、あらかじめ助けの手を準備しといてくれたり…。
なんかもう、童話の靴屋の小人みたいに、いろいろとこっそり助けてくれるのが好きな人だから。

それにしても、そんな百何十年も前から、助けてくれるってのは…行き過ぎだよなって思うけど…。
あの人の場合、やりかねないから怖いんだよなあ…。

でも、それだけ、私を心配してくれてたって、ことだよね。
どれだけ先になるかわからない未来に、私がちゃんと生まれてくるように。
私が不自由なく、幸せに育つように。

そんな心配して、助けてくれたって、遠い未来に赤ちゃんの私が生まれても、自分は見ることはできないのにね。

…なんて、そんなことを考えてしまったりします。

【Fin】


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