人物録

【も】 1件

【森山新蔵 (もりやましんぞう)】
別名:与兵衛、棠園
1821年(文政4年)〜1862年(文久2年)

薩摩の豪商。おそらく調所広郷の財政改革のころ、藩への借金を帳消しにする見返りとして、武士の身分を得る。

1851年(嘉永4年)、逼塞中の大久保さんに14両貸す。
この証文が大久保さん関連文書で最も古いものである。

その後、精忠組に息子の新五左衛門と共に加わる。
精忠組の突出計画でカツオ漁船を手配するなど、志士活動を財政面で支える。

1862年(文久2年)の久光上洛の際に西郷と行動を共にし、捕縛されるが、息子が寺田屋騒動で死んだことを聞き、自殺する。

これにより精忠組は結束を失っただけでなく、資金提供者も死亡しため、メンバーたちが藩から離れて独自の志士活動をすることはなくなる。



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