創 話

□カゲロフナミ
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寝返りを打ち、小さく息を吐いて瞼を開いた。
カーテンの隙間から見える空はまだ夜明けには遠く、夜になっても充分に下がらない気温と湿度が睡眠を妨げる。
加えて、灼きついて離れない彼の残像が神経を逆撫でているようで、先程から何度も溜め息と寝返りを繰り返していた。

帰宅して何気無く点けたテレビ。
そこに写し出されたあの人の姿。
普段なら、今更この程度で掻き乱されたり感傷的になったりはしない。

話し合う余地すら無いのだと理解した時から、仕事を、特に個人でのキャスターの仕事を貪欲にこなす事で現実と向き合ってきた。
その成果か、この夏は北京オリンピックのメインキャスターを任され東京と北京を何度も往復し、その上レギュラー番組の収録や雑誌の取材、コンサートに向けてのリハーサルと、目まぐるしい日々が続いていた。

そんな中で偶然見掛けた彼の姿に、気付けばそのまま暫く立ち尽くしていた。

初めて見る、スーツ姿で弁護士役を演じる智くん。
見慣れた顔で、聞き慣れた声で、だけど全然違う智くん。
背筋を伸ばして毅然として、まるで別人のような智くん。
俺の、知らない智くん。

開いてしまった二人の距離を、埋まる事の無い二人の溝を、改めて見せ付けられたような気がして、眠りたいのに騒々と心が波打つ。

その波はやがて気温とは別の熱を伴って全身を廻り、出口を求めるように中心に集まって、蟠る。
紛らわそうとすればする程、意識はそこに向かい益々息苦しさを増して。堪らず熱を溜め込んだそれに右手を伸ばし、五指を絡めて握る。
手を緩々と動かしながら目を閉じると、脳裏にあの日の光景が浮かんだ。




『・・・智くん、愛してる・・・』
『ん、・・・っ・・・』
愛しさと気恥ずかしさと、初めての行為に対する戸惑い。それらを乗せた唇と掌で智くんの肌を辿っていく。
ゆっくりと触れた身体を恐る恐る抱き寄せた時、背中に回された彼の腕もどこか不安気で、同じ気持ちでいる事に思わず二人顔を見合せて苦笑った。
少し気持ちが解れて、引き寄せられるまま改めて深く口付け、導かれるように掌を滑らせていくと、唇も肌も吐息も何もかもが触れ合わせる度に熱くなって蕩けていくようで、初めて味わうその感覚にただ夢中で求め合った。優しくて温かい彼の掌が、戸惑いながら戸惑いながらも少しずつ腰から肩へ上がっていく。



握る右手に更に力を込めると、今は無いはずの温もりがあの日と同じように俺の肌を撫でた気がした。
鼓動が早くなり、上がる体温。ジンと痺れ出した頭には聞こえるはずの無い声が響いて、さらに記憶を呼び覚ましていく。



『ぁ、はぁ・・・っ・・・、ぁん・・・あぁっ、』
時折紅い痕を残しながら辿り着いた先で、頭を擡げた智くんの自身が微かに震えていた。
手を添え、そっと舌を這わせると甘い声を抑えきれずに漏らして、そのまま口に含むと彼の指が俺の髪に絡んだ。
『っ、ダメだ・・・っ・・・あぁ・・・ん、やめっ・・・はぁ、・・・んんっ』
智くんの抗議に構わず、硬さを増したそれを覆った口と手で愛撫して、先端の小さな窪みを尖らせた舌先で擽ると、すぐに抵抗の言葉は喘ぎへと変わっていった。
自分が立てる濡れた音と智くんが漏らす濡れた声がやけに扇情的で、どうしようも無く劣情を掻き立てられ、熟れた智くんの自身を手で揉みしだきながら歯を立てないように何度も強く吸い上げる。
『あっ、や・・・っあぁ、翔くんっ、もうっ・・・あっ、ああぁっ』
一段と艶を増した喘ぎが頭上に聞こえた次の瞬間、彼の体温を伴った生暖かい独特の味が口内に広がった。



一人きりのベッドの上、噛み締めた口の中に智くんの味が甦り、思わずゴクリと唾を飲んだ。
ちらつく智くんの影と身体中を駆け巡る熱から早く解放されたい一心で、扱く右手を早め、左手で濡れ始めた先端を掻き、浅く呼吸しながら迫り来る射精感に身を任せる。



『智くん、大丈夫?』
『い、痛っ・・・』
『やっぱり、』
『いい、続けて・・・っ、』
苦しそうな智くんにこれ以上辛い思いをさせたくなくて、途中まで挿入したものを引き抜こうとした。
しかし智くんはそれを拒み、力の入らない腕で俺の腰を引き寄せると、止めないでと痛みに耐えながら微笑んで俺の頬にそっと触れて。
それからまた少しずつ、少しずつ。窺うように、労るように、細心の注意を払って智くんの中に楔を埋めていく。
時間をかけてようやく全て挿った時には、ただそれだけで俺も智くんも汗だくで息も上がっていた。
『智くん、っ、挿ったよ・・・』
『・・・っ、う・・・ぁ』
様子を見ながらゆっくりと腰を揺らす。何度も繰り返すうちに彼の表情から徐々に苦痛が薄れていき、痛い程締め付けていた内襞も次第に解れていった。
途端に俺の自身が質量を増して、限界が近い事を訴える。
『っ智くん、俺、イキそっ・・・はぁ、』
射精の兆しを強く感じて智くんの中から出ようとした俺を、彼が引き止めた。
『中、出して・・・翔くん・・・』
その切なげな表情に抗う事を忘れて数回強く打ち付けると、乞われるまま、熱く絡み付く智くんの奥深くに白く濁る欲を放った。
『はぁっ、はぁっ・・・智くん・・・大丈夫だった?』
智くんとの初めてのセックスは、正直言って快感よりも痛みや辛さの方が大きかった。
それは俺よりも彼の方が感じていたはずなのに、俺の熱を受け止めた彼は真っ直ぐに俺を見上げて、蕩けるような幸せそうな笑みを浮かべると柔らかく俺の名を呼んだ。


『しょうくん』


「、うっ・・・ぁ、はっ・・・」
俺の名を呼ぶその声が頭の中に谺した瞬間、手の中のそれがビクビクと痙攣して熱塊が弾け、同時に智くんの姿も消えた。
彼のいない独りきりの薄暗い部屋には、乱れた俺の呼吸だけが響いていた。



息が整い、執着も消えて、シャワーを浴びようと汚れた身体を起こす。
その時、手の甲にポタリと何かが落ちた。

瞼の端から頬を伝い落ちたそれは、いつの間にか溢れていた透明な雫だっ た。





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