創 話

□ワンダフルライフ
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『思い出選び、まだ時間かかるようなら決まるまでこの仕事手伝わない?丁度欠員が出て』

ここに来て暫く経った頃に二宮からそう持ち掛けられ、特に断る理由も無く、ただ無為に日々を過ごすのも性に合わなくて引き受けた。
それももう、終わろうとしている。
二宮に事情を話して今自分が受け持っている分の処理と引継ぎをして、それでも松本だけは自分で送り出したくて残るはそれだけになった。
選ぶ思い出が決まったと俺が告げた時、二宮は一瞬驚いた顔をして、しかしすぐに快く頷いてくれた。
そして二日後。松本と出会ってから丁度七日目。
その松本に呼び止められた。

「翔さん、俺決めたよ」

松本も思い出を選び終えたのだと言う。

「散々迷ったけど、結局行き着く所は一つしか無かった」

松本の表情は晴々としていた。
本当にもう迷いは無いのだろう。

「それじゃあ用意出来たら呼びに行くから、それまでに部屋片付けといて」
「分かった」


一生が記録されているビデオの中から、指定された思い出でフィルムを作成する。
出来上がったばかりのフィルムを持って、俺は203号室へと向かった。
返却された部屋の鍵を預かり、他愛もない話をしながら上映室へと歩く。
会話が途切れると二人分の足音が静かな廊下に響いた。
扉の前まで来て、松本が立ち止まる。

「ねぇ、翔さん」
「ん?」

俺も立ち止まり、正面から向かい合った。
フィルムの上映が終われば松本はいなくなり、もう会う事は無い。
今まで数え切れない人達をここで見送ってきたのに、柄にも無く切なくなった。

「もしかして、じいちゃんが昔愛してた人って翔さんの事?」
「どうして?」
「じいちゃんの話してる時の翔さん、もの凄く優しい顔をしてたし、なんとなくそんな気がしたんだよね」

にやりと口角を上げ、確信めいた顔で言う。

「そうなんでしょ?」
「な、ガキが生意気言ってんじゃねぇよ」

隠したつもりがこんな若造に見破られるとは。
思わず動揺した俺を松本が可笑しそうに笑い、俺もつられて苦笑した。

「いいから、ほら」

照れ隠しにわざと意地悪く言って、まだ何か言いたげな松本の腕を引き扉の中へと押し遣る。
扉を閉めると、俺は後方の映写室に入った。
フィルムを再生する準備を整えて、照明を落とす。
松本が選んだ思い出が暗くなった室内の前方、正面のスクリーンに映し出された。
今までに関わった全ての人への感謝の気持ちを忘れないように。そう言って松本が選んだ思い出は家族や友人達への感謝に溢れていて、実直な松本らしい、いい思い出だと思った。

フィルムの再生が終わり、映写機が止まる。
照明を点けるとそこにはもう松本の姿は無く、彼の思い出だけが残った。
取り出したそれをそっとケースに入れて、胸に抱えるようにして保管庫に向かう。
決められた分類通りに新たに加わった松本の思い出を収めて、俺の最後の仕事が終わった。
そして俺はそのまま、三年前に亡くなった人達のフィルムが収めされた棚の前へと向かう。
日本で亡くなる人の数は一年間で百数十万人に昇り、それと同じだけのフィルムがここにある。
効率的に管理する為のシステムが整備されていなければ、この中からたった一つを探すなど考えもしなかっただろう。
検索をかけて、おおよその場所を特定する。
更に細かい分類に従い目的を絞って、そして漸く一本のフィルムを見付け出した。
「大野智」と書かれたケースを棚から取り出して、愛しいその名前を指でなぞった時、少し離れた場所から二宮の声がした。

「翔ちゃん」

ゆっくりと近付いて、俺の三歩手前で立ち止まる。

「どうしたの、こんな所で?」
「・・・ニノ。ちょっと、聞きたいんだけど」

持っているケースを、二宮に差し出す。
智くんの名前の下。担当者の欄には、二宮と書かれていた。






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