創 話

□Calling You
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それから少しして相葉氏の電話がかかってきた。

『あれから俺も考えてみたんだけど、ニノは俺が勝手に作った架空の人物じゃないのかなって』

俺は飲んでいた冷めた濃いコーヒーを思わず噴き出しそうになった。
さっきの翔さんといい、この人といい、あまりにも同じ事を考えていて何だか可笑しくなる。
彼ははいつの間にか俺の事をニノと呼ぶようになっていた。
改めて聞く話し方も人懐っこい感じがして、俺も相葉氏に親近感のようなものを感じていた。
そして、さっき翔さんから教えてもらった電話についての情報を教えた。

『今、俺の時計は7時。そっちは?』
「こっちは8時」

俺と彼の間には1時間の時差があった。
相葉氏の方が、俺から見て1時間過去にいる。

『じゃあさ、その翔ちゃんが言ってた、相手が実在してるかを確認する方法って言うの試してみようよ』

10分後、俺が自転車で近所のコンビニに向かい店内に入ると、すぐに相葉氏からもコンビニに着いたと連絡が入った。
1時間の時差があるから彼は1時間程前に、どこかのコンビニに入ったんだろう。
雑誌売場の前に立ち、今日発売の週刊の漫画雑誌を手に取る。

『ニノは漫画はよく読むの?』
「小学生の頃はよく週刊誌立ち読みしてたけど最近はあまり読んでないかな。読んでも単行本ばっかり」
『俺も。だから最近の連載はよく分かんない』
「つまり俺らは、2人とも今目の前にある雑誌のの内容を知らないって事ですね。じゃあ、まず俺から質問させてもらいますけど、139ページ目には何が載ってます?」
『ちょっと待ってね・・・・あ、あった、』

翔さんに教えてもらった方法とはこれだった。自分の知らない情報を答えさせ、その答えの正否で相手が実在しているかどうかが分かる。
俺も自分の手元にある雑誌のページを開いて確認する。そこには相葉氏が答えたのと同じタイトルのマンガが載っていた。
そして交代。今度は彼が出題した。

『じゃあ、62ページ目は?』

指定されたページを開き、そこにどんなシーンが描かれているかを説明する。
少しして、高揚した声が頭の携帯から聞こえてきた。

『本当だ!ニノの言った通り!ニノって実在するんだね!!』

まるで世紀の大発見をしたかのような口ぶりに、つい心の中で笑ってしまった。
そして顔には出さないようにしたのに相葉氏には伝わってしまっていて、頭の中の電話を使った会話は、通常のそれよりも遥かに感情を隠すのが難しいらしい。
その調べ合いが面白くて、何度も交代してお互いに出題し合った。
意味の分からないセリフや面白い技の名前なんかが出る度に俺たちの頭の中は2人分の笑い声で満たされた。
その日以来、相葉氏から頻繁に電話がかかってくるようになり、話す時間も次第に長くなっていった。
いつしか俺は彼からの電話を待ち望むようになり、その度に鳴る着信音も益々好きな曲になっていった。
彼からの電話を待ち望む自分が歯痒くて、なんだか照れ臭い。
まだ会った事は無いけれど、話す度にどんどん彼に惹かれていく。
今までに経験した事の無いこの感情に戸惑いながらも、俺の心はいつしか彼で満たされるようになっていた。


『俺、本当はすごい人見知りなんだ』

彼はそう言ったが、今までの会話からは全然そんな風に思えなかった。

「俺も、なんか人付き合いって苦手で」
『そうなの?ニノもそんな風には思えないけどな。あ、でもこの電話でニノと喋ってると昔からニノの事ずっと知ってたような気がして全然緊張とかしないんだよね。知らない人とかだと何話していいか分かんなくなって会話が続かなくなるんだけど、ニノとだと全然そんな風にならない』
「俺もさ、相手が本当は何考えてんだろって考えちゃうんだ。言葉の裏を探っちゃう。だから他人との距離が縮まらない。時々、自分だけ取り残されてるような錯覚に陥る。相葉さんに分かってもらえるとは思ってないけど・・・」
『分かるよ。すごくよく分かる・・・』

相葉さんの言葉が頭の中に優しく温かく響いた。

やがて俺たちの頭は、寝ている時以外はほとんど繋がっているような状態になった。
それでも電話代はかからない。翔さんにも確認してみたけど、彼の所にも請求書が届いた事はないらしい。まさに無料通話。
俺たちはお互いの趣味や嗜好、生活習慣に至るまで実に様々な事を話した。
そんなある日、相葉氏はお気に入りの空き地の事を話してくれた。
そこには誰が持ってくるのか、使わなくなった電化製品が放置される事があるらしい。
その中に、もう随分長い間置きっぱなしになっている背の低いロッカーがあり、その上に座って空を眺めて過ごす事があるんだと教えてくれた。
滅多に人が通らないから、人目を気にせずに物思いに耽る事が出来るのだと。

『この前ね、テレビ拾ったんだ。自分のが壊れて、買おうかと思ってたらちょうどいいのがあったから持って帰ってみたらまだ使えて』
「マジで!?」
『そう、マジで!』
「じゃあさ、今度使えるラジカセあったらとっといてよ」
『オッケー。任しといて』

そして俺は、子供の頃によく見ていアニメで最近実写化された映画の話をした。俺がその中に出てくる赤い犬のメカが好きで、鞄にキーホルダーを付けている事も。
一頻り会話を楽しんだ後、相葉さんは俺と話すのが楽しいと言ってくれた。
誰かからそんな風に言われたのは、初めてだった。

「楽しい?」
『うん』
「前にもちょっと話したけど、俺、他人の言葉が信用できなくて。だから人と話すの苦手で。そんな事言ってくれる人がいるなんて思わなかった」

昔、仲良しだと思っていた友達が影で自分の悪口を言っているのを聞いた。
どうやら仲間同士で俺の事を嘲笑う為に、俺と友達のふりをしているだけらしかった。
提出物を俺だけが提出できない時があった。
連絡網が俺にだけ回って来なくて、俺の前のやつがうっかり忘れてしまったんだと言った。
忘れたのは本当の事かもしれない。悪気なんてなかったのかもしれない。
しかしそんな事がある度に、俺は他人を信じる事をやめ、必要以上に他人と関わる事をしなくなっていった。それを正直に話した。

「臆病だって思われるかもしれないけど、もう、裏切られるのとか傷付けられるのとか、嫌なんだ」
『ニノ・・・、ニノはいつも真剣に相手の言葉と向き合うんだね。だから、多すぎる嘘に傷付く。この世界には本心の無い言葉が多過ぎるから。でも大丈夫、俺とは楽しそうに話してくれるじゃない。そうやってまた他の人とも話せる時がくるよ』

彼の言葉がゆっくりと染み渡って俺の心で何かが溶けていくのを感じた。
でもその反面、涙脆くなっている自分に気付かされた。

翔さんとも時々話した。
大学での生活を教えてくれたり、色々な相談にも乗ってくれた。
彼の穏やかな声と話し方はどこかで聞いた事があるような気がしていた。
知り合いに心当たりは無いから、もしかしたらテレビか何かで聞いた事があるのかもしれない。
俺は翔さんと話すうちに、彼の懐の深さに気付かされた。
彼には嫌いな人なんていなくて、まるで全ての人を大切にしているかのようだった。
きっと翔さんの中には差別なんて言葉は存在しなくて、誰かの失敗や欠点を見て嘲笑うような事もしないんだろう。
俺は翔さんのそんな所を尊敬し、同時に自分の未熟さを思い知った。
自分も翔さんのような人になりたいと、本気でそう思った。

「翔さんは誰かを好きになった事、ある?」

頭の片隅に相葉さんを思い浮かべてそう聞いてみたら、「もう、何年も前にね」と曖昧な返事が返ってきた。





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